スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

被害児童のケア?

(引用開始)
児童ポルノ規制条例へ 府、8月下旬に検討会議
8月13日21時49分配信 京都新聞
 京都府は13日、児童ポルノの閲覧や入手を規制する条例の検討会議を今月下旬に設置し、年内をめどに検討結果をまとめる方針を明らかにした。早ければ来年6月府議会に条例案の提案を目指す。
 条例は、現状では回収困難なインターネット上の児童ポルノの閲覧や入手を防止し、児童ポルノ被害者の人権を保護するのが目的。山田啓二知事が4月の知事選公約で「日本で一番厳しい条例にする」と掲げていた。
 検討会議は、刑法や人権が専門の学識者や教育関係者、インターネット接続事業者ら13人で構成。児童ポルノの所持禁止など規制範囲のほか、通信事業者や府民の責務、児童ポルノ被害者の保護やケアについて検討し、条例案に盛り込む。
 山田知事はこの日の定例会見で「所持や頒布の問題においても踏み込んだことができないか、法的な問題も踏まえながら検討してもらいたい」と話した。
最終更新:8月13日23時19分

(引用終了)

<児童ポルノ被害者の保護やケアについて検討
  山田啓二京都府知事は、単純所持規制による規制範囲を主張する半面、児童の心の傷をケアすることも検討していると言う。  では、もしあなたがつくった児童ポルノ単純所持規制(単なる画像所持で性犯罪者として投獄される制度)である会社員が逮捕されたとしてその逮捕された会社員に子供がいたとして学校で「おまえのおとうさんせいはんざいしゃ」 として 虐められた子供の心の傷もケアしてくれるのだろうか? ( 非常に気になる)
 ■まさか犯罪者の子供なんかケアする必要がないと考えられているのであれば あなたに「児童の人権を守る」と言う資格は一切ない!
  あなたがつくろうとしている制度は、子供が白い目で見られる風潮を助長する 残酷な制度である。
 こんな可愛そうな子供を増やす制度で、子供が笑顔に満ちて楽しく暮らせるようになる訳はなく大人はもちろん子供にとっても逆効果である。
  もし児童の人権を考えているのであれば、児童の幸せ について考えていただきたい。
 こんな制度で子供が笑顔で楽しく暮らせるようになるか真面目に考えて欲しい。
また、もし児童(18歳未満)の人権を守りたいのであれば、現行の児童ポルノ禁止法により 自分のヌードを撮影した少女が、性犯罪者として書類送検されて社会的抹殺される問題点に対して 京都府知事として現行法による18歳未満を社会的抹殺する部分の廃止などを 国に声を挙げていただきたい。
  規制強化しか頭にないのなら18歳未満の人権を考えているのではなく 規制強化による利権が目的で 18歳未満を政治の道具にしているだけであることを意味する。
スポンサーサイト

人権後進国? ぷっ!!



..続きを読む

長崎県が『「ひぐらしのなく頃に解」祭囃し編』(コミック)を有害図書指定。

長崎県が『「ひぐらしのなく頃に解」祭囃し編』(コミック)を有害図書指定。

■調子に乗り過ぎだな条例は

更に調べて見ると今年2月福島県でも ひぐらしのなく頃に解~祭り囃し編~3 が有害図書指定されている。

http://wwwcms.pref.fukushima.jp/download/1/160054singikai210529.pdf

■ちょっと切れさせてもらう。 お前ら根拠なき環境犯罪誘因説を楯に 規制範囲ばっかり拡大して18歳未満から読書する楽しみを奪いやがって ええ加減にせえよ(激怒)
 
 有害図書指定されたことにより18歳未満は、かつて合法的に読めていたひぐらしのなく頃に解 祭り囃し編を18歳未満が買うことによって 販売した店は、 有害図書を未成年に売ったという白い目で見られる風潮をつくり 更に 18歳未満自身は処罰されなくても 親から 「有害図書を読んだ悪い子として 怒鳴られる」 環境づくり を推進することになる。 
 有害図書指定された県議会の議員どもは、少年から楽しみを奪いしかも少年が白い目で見られやすい環境づくりをしておいて、税金で高級料亭で飲み食いしているのかと考えると お前ら見たいな 人を白い目で見られる環境を推進する奴らこそ 一旦貧乏に転落して貧乏生活をして苦しんで欲しい と願ってしまう。


  これに対して 確かにひぐらしは残虐っちゃあ残虐だけど規制するほどかね?もっと過激な漫画を規制するべきだろ? と言う意見は何を根拠に言っているのか?
 オレの好きなひぐらしを有害図書指定するぐらいなら、 他のオレの興味のない過激な漫画を有害図書指定しろよ!! だと解釈させていただく。  自分の好き嫌いで、これを有害図書指定しろよ という論理は、規制推進派と同類の論理である。
 別にあなた自身が、あなたの嫌いな漫画を非難するのは、自由だ。 この規制は、誰の為なのか?
少年を有害図書から守る為?  少年自身がひぐらしを読んで楽しみたいのに 少年の意思を無視して 有害図書から守るとイチャモンをつけて少年から漫画を取り上げるのは、 単なる大人のエゴもあり 少年から権利を奪っておいて少年を守るというのは、 自惚れ(うぬぼれ)もいいところである。

 でも、18歳未満は判断力が未熟で 漫画の暴力シーンを見て悪影響を受けるので、国民を少年犯罪の被害から守る為には仕方がないのか?
 少年犯罪は、凶悪化も多発化もしておらず満足にポルノもなかった昭和30年代の方が多かった
http://kogoroy.tripod.com/hanzai-h19.html
 また逆に、漫画やゲームなどの娯楽を取り上げられたことにより少年がストレスが溜まりキレやすくなる恐れについては、考えないのだろうか?
  本当に、青少年条例は、出来てから一度も規制緩和されたことなどなく、規制範囲拡大だけしかされてない。

 本当に 有害図書から、子供を守るのではなく 有害な 規制から、子供を守る必要がある。

漫画・アニメを規制するぐらいなら小説を規制しろよ?

..続きを読む

児童を守るとは何なのか?

  児童保護、子供を守る 耳触りの良い慣用句は、規制賛成派も二次元規制反対派も当たり前のように主張している。

 だが もう一度考えたい。
児童を守るとはなんなのか? 児童を守りたいのであれば児童の幸せを考えるはずなのに 児童の人権よりも 議員の機嫌の方に気を取られているように考えられる

 まず規制推進派が 児童を守る為などとほざいて 児童ポルノ単純所持規制を挙げるが 児童を守りたいのなら 単純所持規制で「単なる画像の所持」だけで児童の親が逮捕され、逮捕されたことで児童が学校で「おまえのおとうさんせいはんざいしゃ!」と虐められるような環境づくりをする人が児童を守るというのは、おかしい。
  規制推進派は、児童を守りたいのではなく 児童を守る というきれいな言葉を口で言うことだけは大好きであり また児童を政治の道具としか思っていない。
  児童を守りたいのであれば あなたらがつくった単純所持規制で親が逮捕され「おまえのおとうさんせいはんざいしゃ」と虐められた児童も守りたいのか? もし犯罪者の子供は、守らなくてもいいと言うのであれば 児童の人権を守る という資格はない

 また二次元規制反対派も 当たり前のように皆が口をそろえて「児童保護」を主張している。
  現行の児童ポルノ規制により 昔は合法だった少女ヌード撮影で少女が白い目で見られる風潮もおかしいと考えられるはずである。

もし児童を守りたいのであれば 創作物を守るだけではなく ジュニアアイドルを生け贄にして 水着モデルになりたい少女を「性犯罪被害者」という少女が望まぬレッテルを貼られる「環境づくり」にも反対出来るはずだ
  児童の為と言いながら 創作物を守る為に 議員の機嫌を取るようでは 児童の人権は、二の次に考えていることを意味する。

 また、殆どの規制反対ブログは、「ゾーニング」やエロ表現の一八禁を肯定しているが、
エロに興味を持つのは人間の本能である 。
それなのに 最も性欲の高い中高生のエロを楽しむ権利は無視。
 一八歳未満の性欲処理は、どうしろと言うのだ? ガキにエロなんか要らない? だとすればそれは大人のエゴである

  ゾーニングは、一八歳未満の為ではなく 大人がエロを見る権利を規制されないように 議員の機嫌を取る為に主張しているだけ ではないのだろうか。
 エロだけでなくGTA(グランドセフトオート)のような暴力シーンが多くて自由度の高いゲームでストレス解消をする権利だって軽視しないはずである。
 中高生がGTAでストレス解消をして何が悪い!!!
  昔は、中高生が合法的に読めていた完全自殺マニュアルを有害図書指定や不健全図書指定で一八歳未満から読書する楽しみを奪うのも 権力による人権侵害である
  確かに、GTAなどの自由度の高いゲームを一八禁規制するのは、少年からGTAを楽しむ権利は奪うにしろ、国民をGTAの悪影響を受けた少年による犯罪の被害から巻き込まれないようにする為には、仕方ないようにも見えるが、少年犯罪が多発化、凶悪化していると科学的根拠も統計的事実もなく近年少年犯罪は減少しているにも関わらず、一八禁規制拡大を正当化する理由は、やはり少年の為でもなく国民の治安を守る為でもなく規制派の機嫌を取って成人が、エロ表現や暴力ゲームをする権利を守ることしか考えていない としか考えられない。

R15指定拡大は、誰の為なのか?

設定上12才以下の子供が出る作品で成人指定までではないが過激性表現がある作品はR15等を設立してそちらに含めるみたいな内容で
これで比実在青年が収束してくれるなら個人的にはありかと思う。

■このような対案を主張する人が某ブログのコメント欄にいた。
これの正当性について考えて見たいと思う
 12歳以下の子供が出る作品で過激な表現がある作品は15禁にするという案 は誰の為の規制なのか?
 現在成人指定の内容の作品なら18禁規制にすることは妥当である ということを前提にした上で12歳以下の子供が出る作品で過激な表現があれば、15禁にするという対案らしいが、  その過激な内容とは何なのか?
 エロは18禁規制が前提ということは、当然今よりも年齢制限の範囲を拡大するものだと解釈させてもらう。
 12歳以下の少年の暴力シーンを15禁にしろというのか?

また今よりも、年齢制限を拡大するということは、やはり少年に漫画の悪影響を与えない為に仕方ないのか?   もし環境犯罪誘因説を否定した上で、15禁範囲を今よりも拡大すべきだと言うのであれば それは、少年を犯罪者にしない為でもなく 単なる規制派の機嫌取りで 非実在青少年規制を見逃してもらう為の作戦でしかないと解釈させてもらう。
 やはりただの機嫌取りは、問題の本質が見えてなくて 業界自身にも、今の全国の都道府県条例は、環境犯罪誘因説という間違った前提でつくられたことを分かってもらうのが一番だと思うが、長年(お上の言うことに口出すな)と言う姿勢を続けて業界の意識を改革させるのは、難しいと思う。 
しかし、もうそろそろただの機嫌取りでは、問題の根本的な解決にはならずこのままでは数年ごとに規制範囲が拡大される一方だ。

漫画にも現在ゲームにあるCEROのように出版業界が自主的に雑誌の細かい年齢区分を設けることは、誰のためなのか?

漫画にも現在ゲームにあるCEROのように出版業界が自主的に雑誌の細かい年齢区分を設けるという対案を主張している人がツイッターにもいるらしい。
  
 本当に後を絶たない妥協論を止める為にはどうしたらいいのだろうか?
まず、この論理は、当然現在成人指定されている漫画が成人されるのは当然だと言うことが前提で 更に今よりも年齢制限を細かくするものだと解釈させていただくが、 今よりも年齢制限を拡大することは、少年の為になるのだろうか?
 また、年齢制限を今よりも拡大されることを少年が嫌がろうが、 未成年は、判断力がなく漫画の悪影響を受けて漫画の真似をして犯罪に走るので 社会治安の為には 今よりも 年齢制限を拡大することは仕方ないのであろうか?

 しかし、少年犯罪は統計を見れば凶悪化も多発化もしておらず、環境犯罪誘因説も科学的に否定されている。
 にも関わらず、今よりも年齢制限を拡大するということは誰の為だろうか?
もちろん、治安は大事だ。 しかし漫画が子供に悪影響であるというのは、科学的根拠がない。 でも、一人でも漫画の悪影響を受ける恐れのある少年がいるのなら、漫画の年齢制限拡大も仕方ない?  だが、この理屈で行けば漫画を取り上げられ娯楽を奪われた少年がストレスが溜まりある日突然キレるという悪影響も考えられる。
  結局は、過去から現在に続いた規制範囲の拡大は、少年の為でも 国民が犯罪に巻き込まれない治安の為でもなく、 結局は、規制議員の機嫌を取って 成人がエロ表現や過激な表現を楽しむ権利を守るだけのことしか考えていない と解釈させていただく。
  自分が10代だった頃のことも思い出していただきたい。 今二十歳を過ぎた成人の方でも中学、高校の頃漫画やゲームを楽しんだ思い出がある人も多いはずである。
 もし自分が中高生の頃、突然大人に こんな漫画、ゲームは、有害だから今すぐ こんな漫画、ゲームを読むのを辞めろ!! と親に取りあげられたことを想像すると腹は立たないだろうか?

 もう一度 考えていただきたい。
 年齢制限拡大は、誰の為なのか? 少年の幸せを守る為?  少年の楽しみは、奪っても国民が漫画の悪影響を受けた少年の犯罪の被害に巻き込まれない為には、例え少年の楽しみを奪っても 年齢制限拡大は仕方ないのだろうか?
 それとも、 とにかくオレ達成人がエロ漫画、エロゲーにGTA(グランドセフトオート)を楽しめたら例え 漫画、ゲームが悪影響だという科学的根拠はなくても 今の10代が漫画を取りあげられようがどうでもいいのだろうか?

今更だがひぐらしのなく頃に(アニメ版)の感想

..続きを読む

地球温暖化論には政治的な意図がある

 環境問題を政治的に利用するのも表現規制と同じくらい無視できない問題なのでもう一度地球温暖化脅威論の原点に返って考えて見たいと思う。

地球温暖化論は繰り返される?

現在テレビや新聞で連日のように報道される「地球温暖化論」には、政治的な意図が絡んでいる。 地球温暖化論と原子力産業の関係は深い。 

 今年の夏も暑い日が続いている。 それは地球が温暖化しているからだ? 
そう信じている人も多いだろう。 
 皆さんもご存じのようにマスゴミは、地球温暖化を当然の事実のように報道している。
政府は京都議定書の批准を正式に決定し、2008年から2012年にかけてco2(二酸化炭素)の排出量を1990年の水準より6%削減することになった。
 まるで、こうした対策を講じなければ、数十年後には地球は灼熱地獄になってしまうかのような言い分だ。
 
 だが、それは本当なのだろうか?
そもそも地球温暖化論は、1980年代末、科学の現場とは無関係な形で登場したものだ。
 1988年当時、アメリカは猛暑に喘いでいた。 旱魃(かんばつ)が社会問題となり、6月にはアメリカ上院で公聴会が開かれた。そこでNASAの研究者ジェームズ・ハンセンがこう証言した。

「最近の暑い気象と地球温暖化が関係していることは、99%の確立で正しい。地球温暖化により、1988年1月から5月の地球の気温は過去130年間で最高を示した」

 なんと彼は、異常気象の原因が地球温暖化であることは99%の確率で正しい、と断言したのである。後に「99%発言」と呼ばれることになるこの発言を、「ニューヨークタイムズ」紙は第一面で大々的に取り上げた。
 これをきっかけに、地球温暖化論は、ブレイクした。 気象学者の当惑をよそに、堰を切ったようにマスゴミを賑わすことになる。
 そのとき温暖化の原因として挙げられたのが、CO2をはじめとする温室効果ガスだった。そこには新しい科学的大発見といったものはなく、根拠はただのコンピューターシミュレーションにしか過ぎなかったにも関わらずだ。
 
もう忘れてしまった人も多いと思うが実は 地球温暖化論が主流になる前、1960年代後半から1980年代初頭にかけては、地球の寒冷化が心配されていたのである。
 事実、その当時、地球の平均気温は下がっていた。 大氷河期の襲来さえ真面目に論じられていた。
地球の未来を救うためには寒冷化対策を急がなければならないというのが、研究者の一致した意見だった。

 しかも興味深いことにこのときの寒冷化論は、「これまでの温暖化論は誤っている」という論理の下に展開していた。 つまりその前の時代には、現在と同じ温暖化論が主流だったのである。
 そう、つまるところ寒冷化論と温暖化論は、流行のように繰り返しているのである。しかもこの周期は、先進諸国が寒くなれば寒冷化論が台頭し、熱くなれば温暖化論が有力になるという「近視眼的な気候体験」に対応している。
 更に言えば、現在、地球温暖化を語っている論客の多くは、かつて地球寒冷化説を熱心に主張していた者と同一人物である。 

 地球温暖化論に科学的根拠はない

実際のところ、地球温暖化論の根拠はかなり薄弱である。 温暖化論者は、19世紀後半から今日まで地球の平均気温は約0.5℃上昇していると主張する。 確かに地球は、過去1世紀に限れば昇温傾向であり、数字自体は正しい。
 しかし、外的要因がなくても、気温は長期的に1.5℃程度の範囲で自然変動するというのは、気象学者の常識である。
 これまでの長い歴史を振り返ってみると、中世はかなり暖かく、1400年頃を転機に寒冷期に入ったことが知られている。それから19世紀前半まではかなり寒い時期が続いた。
 かつては文字通り「緑の島」だったグリーンランドも、この時期に現在のような氷の島になった。そして19世紀後半から現在にかけて、再び上昇に転じている。 
 ただしそれは一貫した上昇ではなく、前述のような70年代の寒冷期を経て、平均で0.5℃程度上昇しているに過ぎない。19世紀前半までが寒かった分を考えれば、若干の上昇はむしろ「普通の状態に戻りつつある」と言える。
 それでも暖かかった中世と比べれば、2010年の平均気温は低いのである。
http://env01.cool.ne.jp/open/open01/f001.jpg より引用


 世間では、地球が温暖化すると南極の氷が溶けて海面水位が上昇し、陸が水没するという主張も跡を絶たない。
しかし実際には、地球が温暖化すれば、南極大陸の氷は多くなるのである。 氷が溶けて崩れる量より、海水の蒸発によって増える降雪の方が多いからである。
 現実に今の温暖化傾向の下では、そうなっている。 したがって南極の氷が溶けて海面水位が上昇するという主張には、科学的根拠はないのである。
 すると今度は温暖化論者どもは、別の理屈を言いだした。
 海水は膨張して体積が増えると言うのである。

 しかし海水は温度が上がると蒸発して、蒸発することによって海水の温度は下がり蒸発することによって水蒸気が発生して極地方に水蒸気が流れ込み降水量をもたらす 南極は氷点下なので雪が降り南極中心部の氷は、厚くなるのである。  

グリーンランド中心部の氷が、毎年厚くなっている(2002-4-22)
グリーンランド中心部の氷が、毎年厚くなっている(2002-4-22)


  二酸化炭素の削減など無意味である

 CO2が地球温暖化の原因とする説となると更に怪しい。
まず人為的なCO2排出による炭素の量自体、海洋や生物圏と大気との間を自然に循環する炭素量の約3%と、微々たるものである。人為的なCO2排出がたかだか数%増減したところで、巨大な自然の炭素循環から見れば何ほどでもない。
 赤外線吸収効果からみても、もっとも効果の大きいのは実は水蒸気である。CO2が吸収出来る赤外線波長は決まっており、既に十分に吸収効果「温室効果」を果たしている。大気中の量が仮に倍に増えたとしても、温室効果が倍になることはないのだ。
 それに、人為的な温室効果ガスが地球温暖化の原因ならば、理論的予測では高緯度地方が暖かくなるはずだ。そして温暖化は夏の猛暑ではなく、暖冬として現れる。
 ところが戦後の経済成長によってCO2排出が大きかったはずの1970年代、実際に起こったのは、北緯地方の寒冷化という事実だった。だからこそ当時、寒冷化論が深刻だったのである。結局のところ、海面水温は太陽活動と見事に一致している。極地方の温暖化も、日照量との相関が大きい。つまり現在の若干の温暖化は自然現象(太陽活動)が原因であると考えるのがもっとも簡単で説得力がある。
 そしてその気温の上昇こそがCO2を増大させる最大の要因「気温が上がると海中のCO2が溶けだす」だと考えると、実は多くの観測事実に辻褄が合うのである。
 CO2と気温の変化は、前後関係、因果関係が逆なのである。 
こうして見ると、地球が以上に温暖化している、CO2がその原因であるという説は、かなり根拠が薄いと言わざるを得ない。
  問題は、ここまで根拠の薄い「人為的CO2増大→地球温暖化」論が、なぜかくも大手を振ってまかり通っているのか、である。
 これでは地球規模のマインドコントロールにほかならない。 


 巨大ビジネスになった環境問題
では、地球温暖化論で得をするのは誰か? 
まず考えられるのは、環境問題をビジネスにしたい人々である。
 現在、地球環境ほど商売になるものもない。太陽光、風力、燃料電池など「ちきゅうにやさしい」新エネルギーの開発者たちは、政府から補助金をもらい笑いが止まらない。

 地球温暖化防止会議が落ち着く先は、CO2排出権の取引きである。
事実、海外では排出権取り引き市場が着々と整備されつつある。
 京都議定書に盛られた目標が達成できない国は、金を出して排出権を買わなければならなくなるのだ。日本は諸外国から買わされる側に立たされている。
 ちなみに京都議定書で規制される温室効果ガスには、メタンやハイドロフルオロカーボンなど数種類がある。にも関わらず、その中でCO2だけが注目されている。

「欲望する環境市場」(新評論)の著者、江澤誠氏の言葉を借りれば、CO2は温室効果ガスのなかでその豊富な量と偏在性のなさから、「排出権取り引きの上場商品としてもっとも適格性がある」という。CO2の排出枠は排出権取り引き市場に「上場」されることで、市場主義国家に巨大な富をもたらす「金の卵」にもなりうると氏は言う。
 CO2に注目が集まれば集まるほど、排出権の市場価格は高くなる。 取り引き業者にとっては、まさに「金の卵」なのである。
 環境市場に群がる人々は、ここを先途と地球温暖化を利用している。環境ビジネス勢力のなかに、地球温暖化論の 仕掛け人 が潜んでいるのかもしれない。

 地球温暖化論に隠された真の意図
 だが、もうひとつ忘れてはならない存在がいる。
ここで地球温暖化論の中心的論客、スティーブン・シュナイダーに眼を向けてみよう。
 現在、温暖化論を最も精力的に訴える学者のひとりが、このシュナイダーであることを疑う者はいないだろう。
「地球温暖化の時代」(ダイヤモンド社)は、この分野でもっとも広く読まれている書物と言える。
 だがシュナイダーのこれまでの主張を調べてみると意外なことがわかる。
かつて寒冷化を熱心に主張していた彼は、その後、温暖化論者へと転ずるのだが、ひとつだけ変わらないことがある。 それは、気候変動への対策として、一貫して原子力を推進していることである。
 前掲書でシュナイダーは、地球温暖化防止のための対策をいくつか挙げているが、なかでも「化石燃料を使わないエネルギー源の開発」に力を入れている。
 さすがに露骨に「原発推進」とは言っていないのだが、さりげなく「メルトダウンしない安全な原子炉の設計」など、原子炉の安全性の向上を提案している。その一方で、石炭産業に対しては「目先の政治的便宜のために過去の遺物のような産業を支持することはできない」と非難を浴びせているのだ。
 かつて地球寒冷化説を主張していたときも、シュナイダーは化石燃料資源の使用を批判し、いずれ原子力に取って代わられるだろうと述べていた。寒冷化論から温暖化論へと立場を変えたとはいえ、 原子力肯定の姿勢だけは一貫している。

「CO2対策は保険である」というのは、地球温暖化論者に共通する言い訳である。CO2が地球温暖化の原因だという確証がないにしても、その可能性が少しでもある以上、CO2を出さない対策を講ずるべきだというのだ。
 では同じ理屈で言わせてもらうと原発が事故を起こして放射能汚染や熱汚染をまき散らす可能性がある以上「保険として」原子力は廃止すべきだという議論も成り立つはずだ。
しかも実際に、過去に原子力は事故を起こしている。
 アメリカのスリーマイル島、そして歴史に残り今でも後遺症を残している旧ソ連のチェルノブイリにおいても、日本の東海村においても、原子力産業は悲惨な事故を起こしてきた。 これは、仮定の問題ではなく、歴然たる事実である。 
 温暖化による被害の「可能性が少しでもある」と言う反面、その対策として過去、実際に何度も第惨事を起こしてきた原子力発電を持ち出すというのでは、自己矛盾だと言わざるを得ない。原子力発電所による地球環境への悪影響は、「可能性が少しでもある」どころか、現実に経験された出来事なのである。もし、「反環境的職業に従事する権利は、何人にもないはずだ」と言うのであれば、 現実に放射能汚染を引き起こしたような産業に従事する権利は誰にある?と言うのだろうか?

 石炭産業で生計を立てるような人は反社会的・反環境的の極悪人だと言わんばかりに叩いておきながら
スリーマイル島で事故が起ころうが、チェルノブイリ事故で何人死のうが、とにかく原子力推進であることだけは一貫している というのは、偽善極まりない
 明らかに、被害をもたらす「可能性が少しでもあるのなら」対策を講じなければならないというシュナイダー自身の原則が原子力産業に限っては適用されない というのは、明らかに自己矛盾である
 
  環境問題に対する冷静な視点で語る槌田敦氏は、シュナイダーらを「原子力産業の御用学者グループ」と呼んでは憚「はばか」らない。

 地球温暖化論を利用する原子力産業
  地球温暖化論が国際政治の舞台に出てくるようになった背景には、原子力産業が大きく関わっている。
 
 地球温暖化論を最初に唱え出したのはNASAのジェームズ・ハンセンである。
それまで環境問題に冷淡な国であったフランスが地球温暖化論を言い始めたとき他の国々は不思議に感じたという。
 

地球温暖化問題を主題とする環境サミットをハーグで開催し、アルシュ・サミットでも、率先して温室効果ガス削減に対する原発の効果を謳った。 これはフランスが電力供給の8割を原発で担う、原子力帝国であることと関係がある。
 そればかりか、この国では原子力産業と核兵器産業が一体となっており、その間に壁がない。原子力産業で生産されるウランやプルトニウムを原料として、核兵器産業で核弾頭が製造され、軍需産業のミサイルに搭載される。
 このような国だからこそ、反対をよそに、ムルロア環礁で核実験を強行出来るのである。 そして原子力のフラマトム、重電機のジェネラル・デレクトリシテ、発電会社のフランス電力の3社は、全てロスチャイルド系の独占企業である。アフリカでのウランの調達から発電・送電まで、全て「赤い盾」の下で行われている。
 一方、スリーマイル島の事故以来、原発の新規受注がなかったアメリカでも、原子力が息を吹き返している。米国エネルギー省は「第四世代計画」で新たな原子炉を再検討し、断念されたはずの高速増殖炉を復活させようとしている。ちなみにそこから取り出されるプルトニウムは、核兵器用として最上級のものである。
   
 なお日本でも、政治屋がCO2対策として原発推進を主張している。 ウラン―プルトニウム・サイクルを中心とする日本の原子力政策は、その始まりからアメリカの原子力戦略に全面的に従属しており、今日に至るまで抜け切れていない。
 自主開発の声は何度も聞かれたが、「ふげん」にせよ「もんじゅ」にせよ、結局は腰砕けに終わった。 一方で使用済み核燃料の再処理はフランスの核燃料公社コジェマに委託している。コジェマの親会社のフランス原子力庁は、ウランカルテルの総本山をなす私企業である。
 日本は京都議定書を率先して批准し実行することで、地球環境に貢献したといい気分に浸っているかもしれないがその内実は世界の原子力産業(≒核兵器産業)の片棒を担(かつ)がされながら、排出権を買わされる哀れなピエロに過ぎない。
 ついでに言えばシュナイダーは遺伝子組み換え食品の可能性についても触れている。それによって気候変動に耐えうる品種を作ることが、将来の食糧危機になるというのだ。
 現在遺伝子組み換え食品のシェアを握るのは、モンサント社。 独占禁止法違反で安全性を確認せずに遺伝子組み換え種子を販売して訴えられるなど、問題の多い企業である。
 そしてこのモンサント社は除草剤「ラウンドアップ」でナンバー1のシェアを誇り、ベトナム戦争で使用されたあの 枯れ葉剤 をつくった会社でもある。
  枯れ葉剤は、温暖化による影響とは比較にならないほどの悪影響を、地球に与えた。 そんな会社が地球環境について語るとはおかしい。

 このように現在マスゴミが連日のように報道している地球温暖化論には原子力推進などの政治的な意図があることが分かった。

 ところが近年不思議に思うことがある。  武田邦彦のように温暖化懐疑派でありながら原子力を擁護する連中もいる。 彼らは一体何がしたいのか?
 
..続きを読む
2010/08/09 17:21原子力ページ上部へ▲

勇者シュナイダー

 今更だが2003年に購入した書籍地球温暖化論への挑戦を読みながらこの記事を書いているのだが、スティーブン・シュナイダーの過去の発言の究極の偽善ぶりには、ただ 反吐が出るのみである
..続きを読む
2010/08/09 17:16原子力ページ上部へ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。