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地球温暖化論には政治的な意図がある

 環境問題を政治的に利用するのも表現規制と同じくらい無視できない問題なのでもう一度地球温暖化脅威論の原点に返って考えて見たいと思う。

地球温暖化論は繰り返される?

現在テレビや新聞で連日のように報道される「地球温暖化論」には、政治的な意図が絡んでいる。 地球温暖化論と原子力産業の関係は深い。 

 今年の夏も暑い日が続いている。 それは地球が温暖化しているからだ? 
そう信じている人も多いだろう。 
 皆さんもご存じのようにマスゴミは、地球温暖化を当然の事実のように報道している。
政府は京都議定書の批准を正式に決定し、2008年から2012年にかけてco2(二酸化炭素)の排出量を1990年の水準より6%削減することになった。
 まるで、こうした対策を講じなければ、数十年後には地球は灼熱地獄になってしまうかのような言い分だ。
 
 だが、それは本当なのだろうか?
そもそも地球温暖化論は、1980年代末、科学の現場とは無関係な形で登場したものだ。
 1988年当時、アメリカは猛暑に喘いでいた。 旱魃(かんばつ)が社会問題となり、6月にはアメリカ上院で公聴会が開かれた。そこでNASAの研究者ジェームズ・ハンセンがこう証言した。

「最近の暑い気象と地球温暖化が関係していることは、99%の確立で正しい。地球温暖化により、1988年1月から5月の地球の気温は過去130年間で最高を示した」

 なんと彼は、異常気象の原因が地球温暖化であることは99%の確率で正しい、と断言したのである。後に「99%発言」と呼ばれることになるこの発言を、「ニューヨークタイムズ」紙は第一面で大々的に取り上げた。
 これをきっかけに、地球温暖化論は、ブレイクした。 気象学者の当惑をよそに、堰を切ったようにマスゴミを賑わすことになる。
 そのとき温暖化の原因として挙げられたのが、CO2をはじめとする温室効果ガスだった。そこには新しい科学的大発見といったものはなく、根拠はただのコンピューターシミュレーションにしか過ぎなかったにも関わらずだ。
 
もう忘れてしまった人も多いと思うが実は 地球温暖化論が主流になる前、1960年代後半から1980年代初頭にかけては、地球の寒冷化が心配されていたのである。
 事実、その当時、地球の平均気温は下がっていた。 大氷河期の襲来さえ真面目に論じられていた。
地球の未来を救うためには寒冷化対策を急がなければならないというのが、研究者の一致した意見だった。

 しかも興味深いことにこのときの寒冷化論は、「これまでの温暖化論は誤っている」という論理の下に展開していた。 つまりその前の時代には、現在と同じ温暖化論が主流だったのである。
 そう、つまるところ寒冷化論と温暖化論は、流行のように繰り返しているのである。しかもこの周期は、先進諸国が寒くなれば寒冷化論が台頭し、熱くなれば温暖化論が有力になるという「近視眼的な気候体験」に対応している。
 更に言えば、現在、地球温暖化を語っている論客の多くは、かつて地球寒冷化説を熱心に主張していた者と同一人物である。 

 地球温暖化論に科学的根拠はない

実際のところ、地球温暖化論の根拠はかなり薄弱である。 温暖化論者は、19世紀後半から今日まで地球の平均気温は約0.5℃上昇していると主張する。 確かに地球は、過去1世紀に限れば昇温傾向であり、数字自体は正しい。
 しかし、外的要因がなくても、気温は長期的に1.5℃程度の範囲で自然変動するというのは、気象学者の常識である。
 これまでの長い歴史を振り返ってみると、中世はかなり暖かく、1400年頃を転機に寒冷期に入ったことが知られている。それから19世紀前半まではかなり寒い時期が続いた。
 かつては文字通り「緑の島」だったグリーンランドも、この時期に現在のような氷の島になった。そして19世紀後半から現在にかけて、再び上昇に転じている。 
 ただしそれは一貫した上昇ではなく、前述のような70年代の寒冷期を経て、平均で0.5℃程度上昇しているに過ぎない。19世紀前半までが寒かった分を考えれば、若干の上昇はむしろ「普通の状態に戻りつつある」と言える。
 それでも暖かかった中世と比べれば、2010年の平均気温は低いのである。
http://env01.cool.ne.jp/open/open01/f001.jpg より引用


 世間では、地球が温暖化すると南極の氷が溶けて海面水位が上昇し、陸が水没するという主張も跡を絶たない。
しかし実際には、地球が温暖化すれば、南極大陸の氷は多くなるのである。 氷が溶けて崩れる量より、海水の蒸発によって増える降雪の方が多いからである。
 現実に今の温暖化傾向の下では、そうなっている。 したがって南極の氷が溶けて海面水位が上昇するという主張には、科学的根拠はないのである。
 すると今度は温暖化論者どもは、別の理屈を言いだした。
 海水は膨張して体積が増えると言うのである。

 しかし海水は温度が上がると蒸発して、蒸発することによって海水の温度は下がり蒸発することによって水蒸気が発生して極地方に水蒸気が流れ込み降水量をもたらす 南極は氷点下なので雪が降り南極中心部の氷は、厚くなるのである。  

グリーンランド中心部の氷が、毎年厚くなっている(2002-4-22)
グリーンランド中心部の氷が、毎年厚くなっている(2002-4-22)


  二酸化炭素の削減など無意味である

 CO2が地球温暖化の原因とする説となると更に怪しい。
まず人為的なCO2排出による炭素の量自体、海洋や生物圏と大気との間を自然に循環する炭素量の約3%と、微々たるものである。人為的なCO2排出がたかだか数%増減したところで、巨大な自然の炭素循環から見れば何ほどでもない。
 赤外線吸収効果からみても、もっとも効果の大きいのは実は水蒸気である。CO2が吸収出来る赤外線波長は決まっており、既に十分に吸収効果「温室効果」を果たしている。大気中の量が仮に倍に増えたとしても、温室効果が倍になることはないのだ。
 それに、人為的な温室効果ガスが地球温暖化の原因ならば、理論的予測では高緯度地方が暖かくなるはずだ。そして温暖化は夏の猛暑ではなく、暖冬として現れる。
 ところが戦後の経済成長によってCO2排出が大きかったはずの1970年代、実際に起こったのは、北緯地方の寒冷化という事実だった。だからこそ当時、寒冷化論が深刻だったのである。結局のところ、海面水温は太陽活動と見事に一致している。極地方の温暖化も、日照量との相関が大きい。つまり現在の若干の温暖化は自然現象(太陽活動)が原因であると考えるのがもっとも簡単で説得力がある。
 そしてその気温の上昇こそがCO2を増大させる最大の要因「気温が上がると海中のCO2が溶けだす」だと考えると、実は多くの観測事実に辻褄が合うのである。
 CO2と気温の変化は、前後関係、因果関係が逆なのである。 
こうして見ると、地球が以上に温暖化している、CO2がその原因であるという説は、かなり根拠が薄いと言わざるを得ない。
  問題は、ここまで根拠の薄い「人為的CO2増大→地球温暖化」論が、なぜかくも大手を振ってまかり通っているのか、である。
 これでは地球規模のマインドコントロールにほかならない。 


 巨大ビジネスになった環境問題
では、地球温暖化論で得をするのは誰か? 
まず考えられるのは、環境問題をビジネスにしたい人々である。
 現在、地球環境ほど商売になるものもない。太陽光、風力、燃料電池など「ちきゅうにやさしい」新エネルギーの開発者たちは、政府から補助金をもらい笑いが止まらない。

 地球温暖化防止会議が落ち着く先は、CO2排出権の取引きである。
事実、海外では排出権取り引き市場が着々と整備されつつある。
 京都議定書に盛られた目標が達成できない国は、金を出して排出権を買わなければならなくなるのだ。日本は諸外国から買わされる側に立たされている。
 ちなみに京都議定書で規制される温室効果ガスには、メタンやハイドロフルオロカーボンなど数種類がある。にも関わらず、その中でCO2だけが注目されている。

「欲望する環境市場」(新評論)の著者、江澤誠氏の言葉を借りれば、CO2は温室効果ガスのなかでその豊富な量と偏在性のなさから、「排出権取り引きの上場商品としてもっとも適格性がある」という。CO2の排出枠は排出権取り引き市場に「上場」されることで、市場主義国家に巨大な富をもたらす「金の卵」にもなりうると氏は言う。
 CO2に注目が集まれば集まるほど、排出権の市場価格は高くなる。 取り引き業者にとっては、まさに「金の卵」なのである。
 環境市場に群がる人々は、ここを先途と地球温暖化を利用している。環境ビジネス勢力のなかに、地球温暖化論の 仕掛け人 が潜んでいるのかもしれない。

 地球温暖化論に隠された真の意図
 だが、もうひとつ忘れてはならない存在がいる。
ここで地球温暖化論の中心的論客、スティーブン・シュナイダーに眼を向けてみよう。
 現在、温暖化論を最も精力的に訴える学者のひとりが、このシュナイダーであることを疑う者はいないだろう。
「地球温暖化の時代」(ダイヤモンド社)は、この分野でもっとも広く読まれている書物と言える。
 だがシュナイダーのこれまでの主張を調べてみると意外なことがわかる。
かつて寒冷化を熱心に主張していた彼は、その後、温暖化論者へと転ずるのだが、ひとつだけ変わらないことがある。 それは、気候変動への対策として、一貫して原子力を推進していることである。
 前掲書でシュナイダーは、地球温暖化防止のための対策をいくつか挙げているが、なかでも「化石燃料を使わないエネルギー源の開発」に力を入れている。
 さすがに露骨に「原発推進」とは言っていないのだが、さりげなく「メルトダウンしない安全な原子炉の設計」など、原子炉の安全性の向上を提案している。その一方で、石炭産業に対しては「目先の政治的便宜のために過去の遺物のような産業を支持することはできない」と非難を浴びせているのだ。
 かつて地球寒冷化説を主張していたときも、シュナイダーは化石燃料資源の使用を批判し、いずれ原子力に取って代わられるだろうと述べていた。寒冷化論から温暖化論へと立場を変えたとはいえ、 原子力肯定の姿勢だけは一貫している。

「CO2対策は保険である」というのは、地球温暖化論者に共通する言い訳である。CO2が地球温暖化の原因だという確証がないにしても、その可能性が少しでもある以上、CO2を出さない対策を講ずるべきだというのだ。
 では同じ理屈で言わせてもらうと原発が事故を起こして放射能汚染や熱汚染をまき散らす可能性がある以上「保険として」原子力は廃止すべきだという議論も成り立つはずだ。
しかも実際に、過去に原子力は事故を起こしている。
 アメリカのスリーマイル島、そして歴史に残り今でも後遺症を残している旧ソ連のチェルノブイリにおいても、日本の東海村においても、原子力産業は悲惨な事故を起こしてきた。 これは、仮定の問題ではなく、歴然たる事実である。 
 温暖化による被害の「可能性が少しでもある」と言う反面、その対策として過去、実際に何度も第惨事を起こしてきた原子力発電を持ち出すというのでは、自己矛盾だと言わざるを得ない。原子力発電所による地球環境への悪影響は、「可能性が少しでもある」どころか、現実に経験された出来事なのである。もし、「反環境的職業に従事する権利は、何人にもないはずだ」と言うのであれば、 現実に放射能汚染を引き起こしたような産業に従事する権利は誰にある?と言うのだろうか?

 石炭産業で生計を立てるような人は反社会的・反環境的の極悪人だと言わんばかりに叩いておきながら
スリーマイル島で事故が起ころうが、チェルノブイリ事故で何人死のうが、とにかく原子力推進であることだけは一貫している というのは、偽善極まりない
 明らかに、被害をもたらす「可能性が少しでもあるのなら」対策を講じなければならないというシュナイダー自身の原則が原子力産業に限っては適用されない というのは、明らかに自己矛盾である
 
  環境問題に対する冷静な視点で語る槌田敦氏は、シュナイダーらを「原子力産業の御用学者グループ」と呼んでは憚「はばか」らない。

 地球温暖化論を利用する原子力産業
  地球温暖化論が国際政治の舞台に出てくるようになった背景には、原子力産業が大きく関わっている。
 
 地球温暖化論を最初に唱え出したのはNASAのジェームズ・ハンセンである。
それまで環境問題に冷淡な国であったフランスが地球温暖化論を言い始めたとき他の国々は不思議に感じたという。
 

地球温暖化問題を主題とする環境サミットをハーグで開催し、アルシュ・サミットでも、率先して温室効果ガス削減に対する原発の効果を謳った。 これはフランスが電力供給の8割を原発で担う、原子力帝国であることと関係がある。
 そればかりか、この国では原子力産業と核兵器産業が一体となっており、その間に壁がない。原子力産業で生産されるウランやプルトニウムを原料として、核兵器産業で核弾頭が製造され、軍需産業のミサイルに搭載される。
 このような国だからこそ、反対をよそに、ムルロア環礁で核実験を強行出来るのである。 そして原子力のフラマトム、重電機のジェネラル・デレクトリシテ、発電会社のフランス電力の3社は、全てロスチャイルド系の独占企業である。アフリカでのウランの調達から発電・送電まで、全て「赤い盾」の下で行われている。
 一方、スリーマイル島の事故以来、原発の新規受注がなかったアメリカでも、原子力が息を吹き返している。米国エネルギー省は「第四世代計画」で新たな原子炉を再検討し、断念されたはずの高速増殖炉を復活させようとしている。ちなみにそこから取り出されるプルトニウムは、核兵器用として最上級のものである。
   
 なお日本でも、政治屋がCO2対策として原発推進を主張している。 ウラン―プルトニウム・サイクルを中心とする日本の原子力政策は、その始まりからアメリカの原子力戦略に全面的に従属しており、今日に至るまで抜け切れていない。
 自主開発の声は何度も聞かれたが、「ふげん」にせよ「もんじゅ」にせよ、結局は腰砕けに終わった。 一方で使用済み核燃料の再処理はフランスの核燃料公社コジェマに委託している。コジェマの親会社のフランス原子力庁は、ウランカルテルの総本山をなす私企業である。
 日本は京都議定書を率先して批准し実行することで、地球環境に貢献したといい気分に浸っているかもしれないがその内実は世界の原子力産業(≒核兵器産業)の片棒を担(かつ)がされながら、排出権を買わされる哀れなピエロに過ぎない。
 ついでに言えばシュナイダーは遺伝子組み換え食品の可能性についても触れている。それによって気候変動に耐えうる品種を作ることが、将来の食糧危機になるというのだ。
 現在遺伝子組み換え食品のシェアを握るのは、モンサント社。 独占禁止法違反で安全性を確認せずに遺伝子組み換え種子を販売して訴えられるなど、問題の多い企業である。
 そしてこのモンサント社は除草剤「ラウンドアップ」でナンバー1のシェアを誇り、ベトナム戦争で使用されたあの 枯れ葉剤 をつくった会社でもある。
  枯れ葉剤は、温暖化による影響とは比較にならないほどの悪影響を、地球に与えた。 そんな会社が地球環境について語るとはおかしい。

 このように現在マスゴミが連日のように報道している地球温暖化論には原子力推進などの政治的な意図があることが分かった。

 ところが近年不思議に思うことがある。  武田邦彦のように温暖化懐疑派でありながら原子力を擁護する連中もいる。 彼らは一体何がしたいのか?
 
参考文献

地球温暖化論への挑戦 薬師院仁志
環境保護運動はどこが間違っているのか 槌田敦
2010/08/09 17:21原子力ページ上部へ▲
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