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友達が終わるとき

 僕自身、自民党に投票するような奴とはこっちから友達を辞める! 
実際に僕はある友達が自民党支持者だということが分かって嫌いになった人もいるし過去(2001年)に友達を辞めた人も自民党支持者だったということがある 「最もこの人は単に付き合ってもつまらなかったのが大きいけど」

 他にも 原子力賛成派、規制妥協派(規制反対を言いながら2次元を見逃してもらう代わりに18歳未満の水着写真を生け贄にするような奴)なんかには嫌われて友達を辞められても結構である!! 確かにインターネットをしてなくてマスゴミに騙されて自民党を支持したり原子力に賛成するだけならまだ救いはあるだろうけど 自民党が憲法改悪に表現の自由を盛り込むことを承知で自民に投票する奴なんか敵であり友達でいる理由がない。  原子力賛成についても本当に原発は一切石油を使わずにウランだけで稼働していると思っている人ならまだしも  原発は間接的に石油を浪費していることを承知の上で誤魔化してまで 原発を推進するような奴なんかには こっちから友達を辞める。 嫌われて結構。
 
 独りになりたくないからと言って 「独りは嫌だから僕を嫌わないでおねがい 」 と  土下座してまで友達でいてもらう ぐらいなら 独りの方が遥かにマシである
 土下座して相手の機嫌を取りながら仕方なく友達でいてもらうような友達関係は要らない!!

 彼女が欲しいからと言って ちょっと可愛かったり美人だからと言って金だけについてくるような彼女なんか要らない  なぜなら金の切れ目は縁の切れ目と言わんばかりに金がなくなった途端に見捨てるような女は非常に腹立たしいから 
  それなら独りでエロ画像でソロ活動?(苦笑)でもしていた方がましである

現実世界で友達がいないのも慣れて来たね  人は殆どが集団の仲間外れにされることを恐れ または独りを恐れる  僕もそうであった。 だから 周りに合わせたこともあったし 人から嫌われることを恐れていた。
  
 しかし 今は  独りになることを恐れすぎないようになった。  誰も遊ぶ人がいない独りはつまらない だから独りになることを恐れていた。 しかし本音を話せない上辺だけの友達関係なら独りの方がマシである。
 独りだろうが楽しむ方法はある。(今年の夏も2回自転車で泳ぎに行った。 )  ただ完全な独りは本当に寂しく耐えられない。 (無人島に独りで暮らすなど)  僕自身が現実世界で友達がいないのに慣れたのはインターネットのお陰だと思っている。 例え毎日誰も遊ぶ人がいなくても 僕の言葉を毎日日本の誰かが読んでくれていると思うと心強い 

 表現規制反対派の人でもこの現状を会社の人と話せない という人が少なくないと思う。そんなことに危機感を持たずただ雇用と景気、老後のことしか心配出来ないような人と話していても逆に寂しくならないだろうか?  

 
  僕自身は自分の理想の人間が崩壊の21世紀に勝ち残りさえすれば 僕自身が死んでも悔いはない(いずれ詳しく語ろう)
 友達を辞めるとき それぞれの事情がある。 
1(子供の頃保育園や幼稚園で知り合った頃は、親子とも交流があったけど引っ越してそのまま交流がなくなる場合もある 引っ越した後もしばらくは、年賀状での交流はあったけど それすらもいつの間にかなくなることもある 「それぞれの人生がありお互い身近な人との新たな出会いがあり 身近な人との交流で遠くの過去の知り合いとの交流がなくなるなど」 )

2 仕事が忙しく会う暇がなくなりいつの間にか連絡が途絶える (長期休暇を取ることが難しい日本らしい事情である)

3 結婚して子供が生まれ子育てに忙しくなり過去の友達に構っていられなくなった

ここまでは、 別に喧嘩したわけではなく 単に交流がなくなっただけの話であり 何年も音沙汰がなくて 偶然どこかの場所で何年振りかに再会した場合 「ひさしぶり~」と会話する場合もあるだろう
 この場合は、その場でちょっと立ち話して別れる場合もあれば 数年ぶりの再会をきっかけに再び連絡する場合もあるだろう またこのインターネットの時代では、MIXIなどで中学時代や高校時代の同級生に再会してネット上での交流が再開したり 実際に会う仲になる場合もあるだろう

 次は、喧嘩などの対立により友達がやまる事例について語って行きたい

 よくある「ささいなことによる喧嘩」になり 友達が終わる事例もある。 もちろん仲直りする場合もある
また、政治的な対立で友達が終わる場合もあるだろう  例えば ダム建設に賛成、反対などで (ひぐらしのなく頃に でもダム建設で殴り合うシーンがあったな) 

 最後に僕個人が 今まで友達関係が終わった事例をお話しよう

このブログでも何度か話したことのある小学生時代からの友人、T、Z、Kを中心に語って行きたい

Tは、小学6年生からの付き合いで、2005年結婚「式は挙げなかったらしい」して長女が生まれ、2006年男の子が生まれた。  既出の通り、僕は彼の嫁が大嫌いである! Tは、結婚してから四国の地元の会社を何度も転々としていたが2007年12月遂に地元を離れ 京都の親戚の手伝いをしていたらしいがこき使われるらしく 親戚の家を離れ 京都市内のマンションに引っ越した。 2008年の情報では嫁も結婚後初めて仕事に就き、病院に勤務したらしい  T自身は、京都に行ってからも仕事を転々として無職の時期もあった。(まあそのお陰で2008年6月半年ぶりの再会が出来たのだが)2008年の秋、ソフトウェアの会社に面接を受けたけど落ちてしまったらしく派遣で滋賀県のある工場の仕事に就いたらしい? せっかく京都まで行ったのに わざわざ滋賀県まで毎日電車通勤する羽目になるとは! 
 2009年の年末は、四国には帰らず京都で過ごしたらしく(正月は京都で過ごす)というMAILを最後に一切連絡が来なくなった  自分は今年の4月無駄だと思いながらも「京都府知事選山田を選ばんで欲しい」というMAILをしたが一切返信がなかったので 今後僕自身も彼を深追いしないように パソコンのメモから彼の携帯電話番号にメールアドレスも全部削除した。 Tの好きな部分は活字を読むことは嫌いではなく僕が持っている縦書きの著書もいろいろ面白がりながら読んでくれた。  彼はもう1歩進んだら表現規制反対の戦力になっていた可能性があるだけに  2003年リストカットで私だけを見てくれんかったら・・・ とTを脅迫して独占した嫁を未だに怨んでいる!!!
  嫌われたのもあるかもしれないが子育てが大変だから連絡しないというのもあると思う それでも(月1回位は連絡出来るはずだが)
 T(最後に会った日2008年12月31日) (最後に連絡をくれた日2009年12月中旬? 消したので正確には覚えていない)
 

 次にあげる人はZで彼との付き合いは、小学2年生からであった。 2008年12月のMAIL「仕事始めたから なかなか会えん」 というmailを最後に一切連絡が来なくなり僕の月1回程度のmailにも一切返事をくれなくなったので 昨年11月「自分はZに嫌われたと思う 今後君から連絡がない限りこちらからは連絡せんから元気でな」 というmailを最後に送って以来一切深追いはしないよう気を付け うっかり連絡してしまわないように Zの連絡先も全部消した Z(最後に会った日2008年7月後半) (最後に連絡をくれた日2008年12月後半)

 去る者は追わず  を心がけている

次にあげる人はKで  彼との付き合いは小学1年で最も長い
 多分だが現在2010年7月もゲームセンターの店員を続けているはずである 
彼の仕事は忙しい割に給料も安く(手取りじゅうちょっとと言っていたので「11、12万円」のはずである?) しかも連休は冠婚葬祭のときしか取れないらしい?
 彼は中学の頃将来映画俳優になりたいと言っていたが 大人になってみるとワーキングプアのゲームセンターの店員という現実に悲しくなってしまう
  ただ彼は今年の2月「久しぶりやな ブログ見たよ 海外行っとったんやね? 良かった?」とmailしてくれたので 自分は「フィンランドもカナダも良かったよ」と返信して以来連絡がないのでしばらくは深追いをしないように心がけている
 K(最後に会った日2009年6月 彼の職場「某ゲームセンター」で) 最後に連絡をくれた日(2010年2月前半)
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