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勇者シュナイダー

 今更だが2003年に購入した書籍地球温暖化論への挑戦を読みながらこの記事を書いているのだが、スティーブン・シュナイダーの過去の発言の究極の偽善ぶりには、ただ 反吐が出るのみである
かつて地球寒冷化を熱心に主張していた彼は、その後、地球温暖化論者へとすり替わるのだが、ひとつだけ変わらないところがある。それは、気候変動への対策として、一貫して原子力を推進していることである。
 「地球温暖化の時代」(ダイヤモンド社)という著書でシュナイダーは、「化石燃料を使わないエネルギー源の開発」に力を入れている。
 さすがに露骨に「原発推進」といっていないのだが、さりげなく「メルトダウンしない安全な原子炉の設計」など、原子炉の安全性の向上を提案している。その一方で、石炭産業に対しては、「目先の政治的便宜(べんぎ)のために過去の遺物のような産業を支持することはできない」と鬼の首でも取ったように批判している。 
 かつて地球寒冷化説を主張していたときも、シュナイダーは化石燃料資源の使用を批判し(お前も使ってる癖に!!)いずれ原子力に取って代わられるだろうと述べていた。寒冷化説から温暖化論へと立場を変えたとはいえ、その点だけは一貫している。

「CO2対策は保険である」というのは、地球温暖化論者に共通する言い訳である。CO2が地球温暖化の原因だという確証がないにしても、その可能性が少しでもある以上、CO2を出さない対策を講ずるべきだというのだ。
 では同じ理屈で言わせてもらうと原発が事故を起こして放射能汚染や熱汚染をまき散らす可能性がある以上「保険として」原子力は廃止すべきだという議論も成り立つはずだ。
しかも実際に、過去に原子力は事故を起こしている。
 アメリカのスリーマイル島、そして歴史に残り今でも後遺症を残している旧ソ連のチェルノブイリにおいても、日本の東海村においても、原子力産業は悲惨な事故を起こしてきた。 これは、仮定の問題ではなく、歴然たる事実である。 
 温暖化による被害の「可能性が少しでもある」と言う反面、その対策として過去、実際に何度も第惨事を起こしてきた原子力発電を持ち出すというのでは、自己矛盾だと言わざるを得ない。原子力発電所による地球環境への悪影響は、「可能性が少しでもある」どころか、現実に経験された出来事なのである。もし、「反環境的職業に従事する権利は、何人にもないはずだ」と言うのであれば、 現実に放射能汚染を引き起こしたような産業に従事する権利は誰にある?と言うのだろうか?

 石炭産業で生計を立てるような人は反社会的・反環境的の極悪人だと言わんばかりに叩いておきながら
スリーマイル島で事故が起ころうが、チェルノブイリ事故で何人死のうが、とにかく原子力推進であることだけは一貫している というのは、偽善極まりない
 明らかに、被害をもたらす「可能性が少しでもあるのなら」対策を講じなければならないというシュナイダー自身の原則が原子力産業に限っては適用されない というのは、明らかに自己矛盾である

参考文献
地球温暖化論への挑戦地球温暖化論への挑戦
(2002/02)
薬師院 仁志

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 二酸化炭素地球温暖化説はこうして広まったということが分かりやすく書かれている本。 
2010/08/09 17:16原子力ページ上部へ▲
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