スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 原子力発電について(基本)に戻って考える。

 これまで何度か原子力発電を問題視する記事を書いてきたが、近藤さんの意見の丸写しに近かったように思い
関連過去記事
馬鹿の一つ覚え

地球温暖化論には政治的な意図がある


  こんな劣化コピーの文章では、マスゴミに洗脳された一般の人々の心を動かせる訳がないと思い、完全に(素人丸出し)の「素朴な疑問」として、原子力発電の危険性について記事を書くことにした。 とはいえ、やはり度々、近藤さんのホームページや槌田さんは、もちろんそれ以外の著書を引用させていただくことにする。

 まず始めに日本の原子力発電がどのように推進されて来たのか?原子力発電の日本の歴史から調べて見ることにする。
 槌田敦氏の著書を読むと1960年代に、石油はあと30年で枯渇する。だから原子力発電を推進するべきだという説が新聞紙面をにぎわせたらしい。

エコロジー神話の功罪―サルとして感じ、人として歩めエコロジー神話の功罪―サルとして感じ、人として歩め
(1997/12)
槌田 敦

商品詳細を見る


引用開始 エコロジー神話の功罪 槌田敦/ほたる出版 86ページより)
 (どこかに消えた石油30年枯渇説)
 最近では、すっかり鳴りをひそめましたが、今から30年前の1960年代に、石油は30年で枯渇する。したがって、原子力開発を推し進めるべきだという説が新聞紙面をにぎわせていました。エネルギー専門家たちが口をそろえてそう発言していました。
 そのころ、気象学者は、地球寒冷化説を唱えていました。地球は寒くなるのに石油は枯渇する。そこで、エネルギーの専門家は子孫を凍えさせないために原子力開発を急げと脅しました。
 この石油30年枯渇の根拠は、原油の確認埋蔵量を年間使用料で割ると、約30年になるというものです。これを可採年数といいます。原油の可採年数が30年だから、30年で原油が枯渇するというのです。
 しかし、それから30年をとっくに過ぎました。石油はなくなるどころか、現在の可採年数は45年です。(95年度)。石油を使ったら石油が増えたのです。人々はこの「可採年数」という脅しのことばにだまされて、原発開発を容認したのでした。

 仮に、この石油30年枯渇説が正しかったとしても、石油がなくなるから原子力開発ということにはならないはずでした。
 それは、原子力を利用すれば放射能という大問題が生ずるからです。この毒性は強烈で、しかも30年程度の年月では消えません。この放射性毒物を、一般のごみのように処分場に捨てることは不可能です。したがって、石油を使って放射能が漏れ出さないような施設をつくり、管理するほかありません。
 ところが、石油が30年で枯渇してしまうのなら、その後、子孫は、この放射能をどのようにして管理すればよいのでしょうか。石油がなければ放射能は野放しということになってしまいます。しかし、当時このような議論をする人は誰もいませんでした。
 科学技術信仰の時代でしたから、そのようなことはいずれ科学技術がなんとか解決すると、気楽に原子力を採用したのです。科学技術にも当然不可能なことがあるとは誰も言わなかったのです。

[30年枯渇説の嘘]
 しかし、実は、当時のエネルギーの専門家と自称する学者たちは、この[石油枯渇説]の嘘を知っていました。表に示しましたように、この可採年数は毎年発表されています。この説の発表されていた1960年代の20年前、1940年のころは、可採年数は20年と言っていたのです。したがって、1960年当時には石油は枯渇しているはずでした。
エコロジー神話の功罪88ページ

 可採年数は、原油の確認埋蔵量を年間使用料で割った値です。ここに「確認」ということばがあります。ここに、ひとつの鍵が隠されています。
 「確認」とある以上、「未確認」の原油もあるはずです。この未確認の原油の量はいくらかとエネルギーの専門家に質問しますと、 「未確認だから分からない」という当然すぎる答えがかえってきます。埋蔵量がどれだけあるのか分からないのに、エネルギーの専門家は石油は30年で枯渇すると恫喝(どうかつ)していたのでした。
  さらに、確認埋蔵量の定義に、もうひとつの鍵があります。これは、現在の価格と現在の技術で採油可能な量のことですが、技術が向上すれば確認埋蔵量は増えることになります。表の確認埋蔵量がどんどん増えたのは、採油技術が向上したからです。

 [欲しくなると原油が湧いてくる不思議]
 それだけではありません。原油の価格が大問題です。価格が原油を採油する費用よりも低ければ、その井戸の原油は蓋をして保存され、確認埋蔵量に加えられることになります。
 増えたり減ったりするこの確認埋蔵量の定義は当然です。地中に石油があっても、掘る技術がなければないのと同じですが、掘る費用が高くついて売っても損になるのなら、石油をくみ出す人はいないのですから、やはりないのと同じなのです。
 この価格は重要と供給の関係で決まります。重要が増えると価格は上がります。そうすると蓋をしていた井戸から原油が産出されることになります。
 重要とは人々の欲望の結果ですから、欲望が大きくなると、価格が上がって、確認埋蔵量は大きくなるのです。つまり、確認埋蔵量とは地球固有の量ではなくて、欲望の大きさに関係する量だったのです。
 みなさんは「不思議なポケット」という童話を知っていますか。「ポケットの中にはビスケットがひとつ。もうひとつたたけばビスケットがふたつ」という歌です。たたくたびに、みっつ、よっつと次々に増えて、「そんな不思議なポケットが欲しい」と結ぶ面白い歌です。原油の確認埋蔵量という量は全くそれと同じで、石油が欲しくなればなるほど、石油の確認埋蔵量は増えていくのです。
(引用終了)

 ◆とのことなのだが、残念ながら書面には、1960年代に、石油はあと30年で枯渇する。だから原子力発電を推進するべきだという説が新聞紙面をにぎわせたという出典がなかった。(紙幅の関係で載せられないのなら仕方ないけど)

また原油確認埋蔵量・可採年数の歴史的推移の手書きの表もあれだけでは、証拠として弱そうな気がするので、インターネットでもっと有力になりそうな表を探してみた。
s-1226石油の可採年数推定値の変遷(へんせん)


●調べて見ると日本の原子力発電は、1963年10月26日に茨城県東海村で動力試験炉を用いて発電に成功したのが最初であるらしい。
 
<日本の原子力発電の歴史(2009.07.07)
http://www.iae.or.jp/energyinfo/energydata/data3007.html

<原子力発電所 – Wikipedia
1.1 日本の歴史
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AE.E6.AD.B4.E5.8F.B2
 (引用開始
www.meti.go.jp/report/downloadfiles/ggebcs1j.pdf
昭和41年(1966年)に日本原子力発電㈱東海発電所が我が国で初めて営業運転を開始して以来、32年あまりが経過し、今日、全国で51基の商業用原子力発電施設が運転中であるが
引用終了
 
引用開始  電気事業連合会より)
http://www.fepc.or.jp/present/nuclear/setsubi/index.html
1966年に日本原子力発電の東海発電所が日本で初の営業運転を開始し、1970年から1971年にかけて日本原子力発電の敦賀発電所1号機(BWR、 35.7万kW)、関西電力の美浜発電所1号機(PWR、34万kW)、および東京電力の福島第一原子力発電所1号機(BWR、46万kW)が、相次いで営業運転に入りました。以来、2009年12月末現在、商業用の原子力発電所は54機、合計出力4884.7万kW(キロワット)が運転しています。
引用終了
 
やはり1960年代(1966年)に原子力発電が日本で初めて営業運転を開始されたことは、間違いなさそうだ。

 槌田氏の著書によれば、どうやら
現在、連日のようにマスコミをにぎわしている「地球温暖化論」には、原子力産業が大きく関わっているらしい。
 ということで次は、槌田敦氏の著書(<増補・改訂新版> 環境保護運動はどこが間違っているのか?)より引用させていただく。

引用開始 環境保護運動はどこが間違っているのか? <増補・改訂新版> 槌田敦 115頁より)
環境保護運動はどこが間違っているのか? (宝島社文庫)環境保護運動はどこが間違っているのか? (宝島社文庫)
(1999/02)
槌田 敦

商品詳細を見る


  ◎地球温暖化をアピールする原子力産業
   環境問題には、これまでお話をうかがってきたリサイクルとか、ゴミ問題とか、安全な食品とかいった、いわば生活の現場の問題とは別個に、熱帯林の消失とか、砂漠化とか、地球温暖化とかいったグローバルな関心があります。こうした地球規模の問題に対して、私たちはどのように考えればよいのでしょうか。
槌田 グローバルというのは、だいたいが人を騙すのにいちばんいい構造なんです。例えば炭酸ガスによる地球温暖化問題というのは、「風が吹けば桶屋が儲かる」の典型みたいなものですね。石油を燃やすと炭酸ガスが出る。炭酸ガスは温暖化ガスだから地球の気温が上がる。地球の気温が上がると南極やグリーンランドの氷が溶けて海面が上昇する。海面が上昇するとモルジブ共和国は水没して、オランダはますます大変になる―――とまあ、こういう論理になっているわけです。
――― それのどこが変なんですか。
槌田 この理屈の言いだしっぺの一人はハンセンというNASA(アメリカ航空宇宙局)の研究者だったわけですけれども、それを世界的に広げたのはフランスなんです。
 だけど、フランスがそういうことを言いはじめた時、他の国々はびっくりしたんです。なぜなら、フランスというのはそれまで、環境問題に対して一番冷淡な国のひとつだったからです。フランスの学者たちは、それまであまり地球温暖化なんていうことは言わなかったんです。ところがある時から一斉に騒ぎ出した。なぜだと思いますか。
――― さあ。それだけ炭酸ガス問題が深刻になったからじゃないですか。
槌田 そうじゃなくて、原子力産業が斜陽化してきたからなんですね。
 つまり、原子力発電は炭酸ガスを出さない。炭酸ガスは地球環境を悪化させる。だから原子力発電は環境にいい発電だ、とこういうことにすることで、傾きはじめた原子力産業をバックアップしようと考えたわけです。フランスにとって原子力産業は国家の命運を左右するような重要なプロジェクトになってしまっていますから、これが衰退してしまうのは何としてでも防ぎたい。そこで出てきたのが、環境問題を利用して原子力発電の優位性をアピールしようとする戦略だったわけです。
 もともと原子力発電は、石油があと三十年で枯渇すると騒がれた時に、その代替エネルギーとして登場してきたわけです。もちろん原子力では石油を代替できないわけですけど、そのことは別にしても、石油そのものがいっこうに枯渇しないばかりか、世界的にダブついて価格が下がってきた。だからもう、「石油が枯渇するから」原子力が必要だ」という理屈が言えなくなってしまった。そのうえさらに、石油価格が下がって原子力発電のコストが相対的に高くなってしまったことと、原子力利用に予想以上のコストとリスクがかかることが明らかになってきて、原子力産業そのものが不況業種になってきてしまった。
 フランスのフラマトムという軍事と民生の両方をする原子力産業には、かつて十五万人ぐらいの職員がいたんですが、今は五万人に減らしています。しかしその五万人も、これから危ないんです。でもこれ以上縮小するようなことになると、フランスの軍事技術が維持できない、例えば中性子爆弾をつくる技術が維持できないということで、フランスはなんとかして原発をもういちど軌道に乗せたいとあせっているわけです。それで、一斉に炭酸ガスを言いはじめる、ということになるわけです。

                         ●温暖化で海面が上昇するという嘘
――― でも、原発が炭酸ガスを出さないというのはほんとうなんじゃないですか。
槌田 いや、だいたい、原発が炭酸ガスを出さないという前提からおかしいんです。たしかに発電所の中では石油をあまり燃やしていないから炭酸ガスは出ないけれども、発電所を建設したり、ウランを掘ったり、そのウランを燃料に加工したりする時に石油をいっぱい使っているわけです。その分を考えると、原子力発電所は火力発電所とだいたい同じ分量の石油を燃やしているわけで、大きな声で、「原子力発電は炭酸ガスを出しません」ということはできないんです。炭酸ガスを出さない原子力発電だなんていう言い方は、はじめから人を騙しているんです。
 その次に、例の「風が吹けば桶屋が儲かる」式の論理がくるわけですが、これがまたインチキもはなはだしいんです。
 炭酸ガスが増えると地球が温暖化する。それがほんとうかどうかも問題なのですが、温暖化したら南極の氷が溶ける、これが真っ赤な嘘なんですね。
――― なぜですか。気温が上がれば氷が溶けるのは当たり前のような気がしますけれど。
槌田 当たり前のようだから、騙しやすいのです。もちろん地球が温暖化すれば、南極大陸の縁の部分で少しは氷が溶けるかもしれない。でも、何十度も気温が上がるわけじゃないから、南極大陸の大部分が氷点下(0度以下)であることに変わりはない。つまり、たいして氷は溶けないんです。
 ところでその一方で、地球が温暖化すると大気中の水蒸気がどんどん増えて、それが南極大陸に流れるわけです。すると、その水蒸気はどんどん氷になって南極大陸に積もっていくことになる。そうするとどうなりますか。
――― 縁の部分の氷が溶ける分だけ中心部の氷が増えて、結局は変わらないということですか。
槌田 最近の研究では、温暖化によって南極の氷は増える方が多いということになっています。温暖化で海面が上がるというのは嘘なんです。
――― 逆に、海面は下がるんですか。
槌田 それでは困るから、また別の理屈を考えたんですね。今度は何と言ったかというと、海水は温度が上がると膨張して堆積が増えるんだそうです(笑)。でも、海水は温度が上がると、そんなに膨張するより先に蒸発しますし、蒸発すれば海水の温度は下がります。それに、温度の上がるのは表層だけであるうえ、海水の膨張率は小さく、増えるといってもせいぜい一〇センチ盛りあがる程度です。海面が上がって困るほど海水が膨張するなんてあり得ませんよ。もう滅茶苦茶な論理になってきているんですね。
 つまり 「地球」とか「グローバル」とかいう形容詞のつく問題は、ほとんどの場合、政治的に使われているわけです。眉に唾をつけておかないと、騙されてしまうわけです。真実というよりは、むしろ政策の正当づけのために使われているんですね。
――― でも、原発廃止を決めたはずのスウェーデンも、炭酸ガス問題には積極的に取り組んでいますよ。
槌田 スウェーデンの場合も、理由ははっきりしています。ちょっと考えればわかるように、スウェーデンは寒い国なんですから、温暖化しても何も困ることはありません。むしろ逆に、温暖化したほうがずっと好ましいわけです。なのに、なんで炭酸ガスを問題にするのかと言えば、それも結局、原子力発電なんです。
――― どういうことですか。
槌田 つまり、スウェーデンは原子力発電を再開したいわけです。でも、いちど廃止すると宣言してしまったものを、「やっぱりうまくいきませんでした」と言って再開するのでは都合が悪い。そこで考えたのが、温暖化問題です。原子力発電を廃止すると化石燃料に頼ることになる。そうすると炭酸ガスが放出されて地球が温暖化してしまう。それを防ぐために、やはり原発を続けるしかないんだ、という理屈で自分たちの政策に正当性を与えようとしているわけです。
地球温暖化問題に積極的に取り組んでいるのはフランスとスウェーデンのほかに日本とアメリカなんですが、すべて理由は同じなんです。つまり、原発問題という政治で、世論が歪められてしまっているんです。
 
  ●環境問題という国際政治のゲーム
――― 炭酸ガス問題の背景にはおっしゃるように原子力産業の保護という政治的意図が隠されているかもしれませんが、しかし結果的に、今、炭酸ガスの放出量を地球規模で規制しなければいけないという議論がなされるようになってきたわけですよね。
槌田 はい。
――― 炭酸ガスの放出量を規制するということは、化石燃料の使用量を制限することにつながるわけですから、背後の政治的意図はどうあれ、これはこれでいいことではないのでしょうか。
槌田 資源をやみくもに使っていいわけはないのだから、資源の使い方を制限しようということでみんなが議論するのは、もちろん悪いことではありません。ただその時に、日本はいくら、アメリカはいくら、と決めようとするならば、炭酸ガス排出規制は国際政治の綱引きの要因のひとつになってしまいます。その意味で地球環境問題というのは、核軍縮問題が一段落した後に登場した、国際政治の新しいゲームのコマだということもできるんじゃないでしょうか。
 ただ、国際政治のゲームであれ何であれ、そういう試みをみんなが始め出す時代になったんだというふうに、僕は思っていますけど。
――― 地球環境問題がおっしゃるように国際政治のゲームになってしまっているのなら、核軍縮が政治交渉ではほとんど解決できなかったように、地球サミットのようなものをいくら開いてもそう簡単には結論は出ないということになりませんか。
槌田 僕はそう思います。ただ、炭酸ガス問題の場合、それが解決に急を要するかどうかについては、僕は疑問なんです。
――― それは、地球が温暖化してもいいということなんですか。
槌田 温暖化の原因は、たくさんあるんです。過去数千年間に何回か温暖化がありましたが、どれも炭酸ガスが原因ではありません。もちろん、炭酸ガスがどんどん増えているということは、そのまま放置しておいてもいいというような問題ではありません。だけども僕は、現段階ではそれが決して悪いことだとは思わないんです。
――― どういうことでしょうか。
槌田 温暖化を問題にする人たちは、炭酸ガスが産業革命の頃に比べて二割増えていると言って騒ぐわけですが、そのことで今、どういう影響が出ているかということはぜんぜん議論していないんです。炭酸ガスが二割増えたことによってどういうことが起こったかを検証しないまま、これから炭酸ガスが増えていったらどうなるかだけを議論する。これは科学ではありません。
 気象学者たちは、一九七〇年代は、地球寒冷化と言っていたんです。その頃には、炭酸ガスの量はもう、産業革命期の二割増しになっていたんですよ。その時彼らは、今は一時的に温暖化しているように見えるけれど、今後は確実に寒冷化に向かって行くんだと言って、われわれを脅かしていたわけです。原子力推進派は、だから原発が必要だと言っていました。それがなんで、いきなりみんな温暖化説になるんですか。
――― それはやはり、新しい発見があったからじゃないんですか。
槌田 そんなことはありません。大気中の炭酸ガスが増えれば温暖化するというのは、新発見でもなんでもないんです。
 ではなぜ、気象学者がみんな温暖化説に与するようになったのかと言えば、そう言わないと研究費がもらえないシステムになってきたからです。また、寒冷化と言ってももはや新聞が取りあげてくれないからです。この二つが、気象学者たちが寒冷化説を捨てて温暖化説に走った原因なんです。もちろん、いまだに地球は寒冷化すると言う研究をしている気象学者もいないわけではないのですが、そんな研究にはもはや誰も興味を持たないんですね。

●炭酸ガスが増えても誰も困らない
――― でも、温暖化か寒冷化かは別にして、炭酸ガスが増えていること自体が問題なんじゃないですか。
槌田 なぜですか。炭酸ガスが二割増えても、少しも困ったことは起きていませんよ。
――― どういうことですか。
槌田 産業革命以降、大気中の炭酸ガスが二割増えたことによって確実に起きたことは、作物が二割多くとれるようになったということなんです。どういうことかというと、炭酸ガスというのは肥料と同じなんです。植物が育つのに必要なのは、光と、肥料と、水と、炭酸ガスです。三代肥料といって、窒素、リン、カリをやると植物がよく育ちますね。それと同じで、炭酸ガス濃度が増えるということは、木がよく育つということです。炭酸ガス濃度と作物の出来は比例しますから、炭酸ガスが二割増えていれば、作物も二割多くとれるんです。
 大気中の炭酸ガス濃度は、今は三〇〇PPMぐらいですが、六〇〇PPMぐらいになると飽和してしまって、それ以上は効果が変わらなくなるんです。だけど今は、まだ炭酸ガスの少ない貧炭酸ガス状態ですから、作物の生育と炭酸ガス濃度はまだ比例するわけです。
 これはそんなに難しいことではなくて、すでにビニルハウスで実践されていることなんです。ビニルで覆っていると、外から炭酸ガスが供給されない。そうすると、いかに一日じゅう日光で暖められていても、作物は育たないんです。そこでどうするかというと、ぽんぽん灯油を燃やして熱とともに炭酸ガスを足してやる。すると、作物がすくすく育つんです。
 だけど、炭酸ガスが増えることによって起きるこうしたよい効果は、誰も言いません。悪いことの話ばかり議論されているわけです。
――― すると、炭酸ガスはもっと増えてもいいんですか。
槌田 炭酸ガス濃度が六〇〇PPM以上になったら悪影響があるでしょうけれど、六〇〇PPMになるまでの間は、炭酸ガスというのは光合成に決して悪い効果をもたらしはしないんです。

 ●ほんとうの問題は異常気象
槌田 このようにグローバルと言われている問題のほとんどは、一歩退いて、ほんとうかどうかよく考えてみる必要があります。地球温暖化などを議論する以前に、異常気象問題など、もっと急いで議論しなければいけないものはいくらでもあるわけですから、そういうものをこそ考えるべきだと僕は思います。
――― 異常気象というのはそんなに深刻なんですか。
槌田 去年だって、今年だって、おかしいでしょう。こうした異常気象で作物に甚大な被害が及ぶということは、現実に予想できる段階に入っているんじゃないですか。
 日本で去年(一九九一年)、米がとれなかったのは異常気象のせいですね。夏の間、ぜんぜん日が照らなかった。もっとも、それでも平均の九割五分はとれたんですから、非常に不思議だけれどもよくとれた、と言ったほうがいいのかもしれません。
 でも、こんな異常気象がこれからも続くようになったら、もっと深刻な不作の危険を予想してもいいんじゃないかと思います。炭酸ガスによる地球の温暖化なんていうのは机上の空論でしかありませんけど、異常気象による飢饉の問題は、現実のものとして考えていく必要があるんじゃないでしょうか。
――― そのためには、どうすればいいんでしょうか。
槌田 例えば、このところ経済とか外交のレベルで論じられている米の問題を、環境問題として考えてみる必要があるということです。
 米を自由化して日本の米農家が壊滅した後に世界的な飢饉がきたらどうするのか。日本がまだお金を持っていれば、世界じゅうの食料を買いあさることができるかもしれない。しかし、そのことは他の国の飢饉を加速することになるわけです。そのような問題として米の自由化を考える、そういう発想が今、必要とされているんじゃないかと僕は思います。
引用終了

●自分は、槌田氏を応援する者ではあるけど、残念ながらこの文章には、証拠となる資料が少ない。
 例えば「地球温暖化論」を最初に唱えだしたうちの一人はジェームズ・ハンセンというNASAの研究者で、それをフランスが世界的にアピールし始めたらしい。
 だが、フランスがそういうことを言い始めた時、他の国々は驚いたらしい。
なぜなら、フランスはそれまで環境問題に対していちばん冷淡な国の一つだったからだそうであるということなのだが、 ジェームズ・ハンセンが何年何月にこのような発言をしたのか? という事まで書かれていないのは、残念に思うので、既に絶版になって忘れ去られているであろう?二〇〇三年に購入した薬師院仁志氏の著書(地球温暖化論への挑戦)より引用させていただく。

 (引用開始 地球温暖化論への挑戦 20から28ページより)

地球温暖化論への挑戦地球温暖化論への挑戦
(2002/02)
薬師院 仁志

商品詳細を見る


 水俣病の場合、多くの被害者が現実に発生しているにもかかわらず、それが国家的な大問題として認知されるまでには、長い時間がかかった。それに対して、二酸化炭素の人為的排出による地球温暖化問題は、その具体的な被害者や犠牲者が発見される前に、人類全体に関わる環境危機として国際的な関心を引くようになった。二十世紀末頃から世間を騒がせ始めた今般の地球温暖化問題に関して特定することができる。この時点から、「それまで専門家のレベルにとどまっていた地球温暖化問題が一躍脚光を浴びることになった」のである。
 一九八八年六月二十三日、地球温暖化の脅威を周知させようとして、アメリカ議会上院のエネルギー委員会の公聴会が開かれた。開催日をこの日に決めたのは、過去の気象を調べ、ワシントンのこれまでの最高気温がこの日に記録されているなど、統計的に一番暑い日になる可能性が高かったためである。上院議員ディモシー・ワースは六月二十三日を開催日に選ぶとともに、当日は委員会室の冷房を切ってしまうなど、デモンストレーションに苦心した。果たせるかな、当日は非常に暑い日となり、証言に立ったアメリカ航空宇宙局ゴダード宇宙研究所のジェームズ・ハンセン博士は、「最近の異常気象、とりわけ暑い気象が地球の温暖化と関係していることは九九%の確立で正しい。この地球温暖化により、一九八八年一月から五月の地球の気温は過去一三〇年間で最高を示した」と証言した。これをマスコミが大々的に報道し、多くの人々が当年の酷暑は地球温暖化に原因があると思うようになった。
かの有名な、ハンセン氏の「九九%発言」である。これがなされた「一九八八年、アメリカの五月と六月は、めったにない異常な気候」であり、「旱魃(かんばつ)と猛暑が国じゅうが警戒するほど高まっ」ていた。そんな中で、しかも一番暑い日を選んで、「暑い気象が地球の温暖化と関係していることは九九%の確立で正しい」という議会証言がなされたのである。それは、非常に衝撃的な効果を生むことになった。だが、考えてもみよう。あなたが、自分たちの主張を冷静に聞いてもらいたいならば、本当に理解してもらいたいと願うのならば、ティモシー・ワース議員のような行動を取るであろうか。記録的な酷暑の夏の、しかも一番気温の高そうな日に、冷房を切ったような条件の下で話をしたいと思うのだろうか。私なら、そうは思わない。むしろ、聴衆が少しでも自分の話に集中できるように、できるだけ快適な状況を作ろうと考えるだろう。それが、論理的な説得を試みる者が取る態度というものである。逆に、ティモシー・ワース議員らのやり方は、どちらかと言えばマインド・コントロールの手法なのである。暑い夏の暑い日に暑い部屋へ人々を集めて「暑い気象が地球の温暖化と関係している」と語るというやり口は、どう考えても、クールな科学的判断を追求したものではないであろう。
いずれにせよ、一九八八年六月二三日、地球温暖化問題が、人類規模の環境危機として誕生したのである。そして、ハンセン氏の「九九%発言」は、非常に大きな衝撃をもたらした。シュナイダー氏は、その様子を、次のように描写している。
  たちまちこの「九九パーセント」はあらゆるところに知れわたった。ジャーナリストは、この数字がとても気に入った。環境問題専門家も夢中になった。そして、気象学者の多くは狼狽した。
ハンセンは全国放送のテレビ番組に十回以上も出演し、「ニューヨーク・タイムズ」紙は大一面に彼の言葉をとりあげた。
 ハンセン氏の議会証言は、社会的に大いに注目されたと同時に、気象学者を狼狽させたのである。
実は、シュナイダー氏自身でさえ、「温室効果はまだ、重力の理論ほど確立した理論であるとは思っていません」と自認しているからである。温暖化を断定するには充分な科学的根拠が未だ不足しているというのが、多くの気象学者の見解なのだ。シュナイダー氏らの立場は、むしろそれを認めた上で、充分な科学的根拠を待っていたのでは対策が遅れてしまうということなのである。
 にもかかわらず、多くの気象学者を狼狽させたこのハンセン証言は、いつのまにか一人歩きしてしまう。たとえば、東京大学名誉教授にして日本学院会員である宇沢弘文でさえ、「ハンセン博士の証言は、人々がもっていた漠然とした不安には、充分な科学的根拠があることを示したわけです」と断言するのである。この認識は、シュナイダー氏の見解とは大きくかけ離れている。しかも、ハンセン氏が示したのは、充分とか不充分とか言う以前に、そもそも 少なくとも伝統的な意味での 科学的根拠などではない。彼は、「われわれのコンピューターによる気象シミュレーションによれば、温室効果は、夏の熱波のような異常現象を起こし始めるのに十分なほど大きくなっている」と述べたのである。言い換えれば、「九九%発言」の根拠は、「コンピューターによる気象シミュレーション」、つまるところ予言機械の予言なのだ。通常の自然科学観に立つならば、これのような予言は、単なる仮説として取り扱われるべきであろう。実際、どのような学説であれ、厳密な経験的実験や実地検証を経てからでなければ、信頼に足る科学的根拠を認められてはこなかった。この点に関しては、科学者の頭脳で考えた学説であれ、電子頭脳や人工頭脳や人工知能が予言したことであれ、区別はできないはずなのである。問題は、ここにある。米本昌平氏は、コンピュータ・シミュレーションという作業に依拠するハンセン氏の研究方法に関して、次のように論及している。
  まず、彼が、この作業を実験(experiment)と称し、成果を科学的結論(scientific result)と言っている点である。ここでは実験の意味が変質している。本来、科学実験とは純化された素材を用いて繰り返し実験を重ね、データを集めてその中から何らかの傾向を見つけ出すことである。
数式化ができれば、それが理論化である。しかしこの場合、伝統的な意味で実験をやっているわけではない。あえて言えばシミュレーション実験(計算実験)であり、従来の実験が実証的であるとすれば、こちらは操作的・観念的な想定計算である。・・・・・・この種のシミュレーション結果を科学的結論という区分に繰り込むのを認めようというのであれば、科学哲学者は、現行科学のふるまいを分析し直す必要がある。
 
 いわゆる「九九%発言」に対しては批判的だったシュナイダー氏にしても、コンピューターによるシミュレーションが科学的実験に値すると見なしている点では、ハンセン氏と同様である。というのは、シュナイダー氏が批判したのは、「技術的に見て問題がある」という事柄に過ぎないからである。これを逆に言えば、技術が向上しさえすれば、コンピュータ・シミュレーションは、定量的な結論までも導き出せるようになるということになろう。結局のところ、行き着く先は同じなのだ。すなわち、コンピュータの予言能力が向上すれば、人間の経験や観察に頼った科学的実験など不要になるということである。人間が考えなくとも、観察しなくとも、実験や実地検証をしなくとも、自然界の姿はコンピュータが自動的に啓二してくれるというわけである。そして、その天啓さえあれば、いちいち伝統的な科学的証拠など待っている必要などないということになるのである。「科学的証拠が出そろってから行動したのでは遅すぎる」という認識は、このような立場に基づいている。だが、考えようによっては、これほど空恐ろしい話はない。いったい、人間の知性とは何なのか、思考とは何なのか、経験とは何なのか、さらに言えば、生きるとは何なのだろうか。長い間、人類は、大自然の姿を自分たちの頭脳で理解するために、観察を重ね、思考をめぐらせ、経験を積み上げ、実験や試行錯誤を繰り返してきた。コンピュータは、このような人間的な営みを、すべて旧式かつ不要なものとして退けるのだろうか。そうなってしまえば、われわれは、もはや自らを生きる主体ではない。世界を認識する主体でもない。人間は、予言機械の予言に従い、予言機械の命ずることを忠実に請け負うだけの存在へと化さざるをえないであろう。なぜなら、「科学的証拠が出そろってから行動したのでは遅すぎる」という認識は、人間的な思考や経験などに頼って行動していたのでは間に合わないというのと同じだからである。つまり、人間的な思考や経験などに頼って行動していたのでは間に合わないというのと同じだからである。つまり、人間的な知性が証拠を知るまで待つ必要はないというわけだ。
 このような論理を延長するならば、近年の地球温暖化問題は、単に気候変動の問題であるばかりでなく、農業や災害の問題であるばかりでなく、初めて予言機械の前に差し出された人間に関する問題でもあるということになろう。人間存在のあり方そのものが、この問題を介して問われているのである。すなわち、未来の世代に対して責任を負うということは、予言機械が指示する望ましいシナリオを忠実に請け負うということなのかという点が問われているということである。自ら予言機械の下僕へと化すことで人為的な地球温暖化が防げるのなら、そのことが人類の未来を幸福にするということなのだろうか。本当にそれでいいのだろうか。また、たとえそれを致し方ないとしても、現在に生きるわれわれは、人類の未来像として、予言機械の忠実なる請負人という姿を受け入れることができるであろうか。少なくとも 受け入れようが受け入れまいが それがわれわれにとって残酷であることには違いないであろう。というのは、そのような世界の行き着く先は、コンピュータによってあらゆる予防措置が完全に施されている世界であり、あらゆる危険や災害や事故が直前に予測され、予防され、保険をかけられ、それらを決して自ら体験することのない世界だからである。もちろん、誰しも災難や混乱には巻き込まれたくないだろう。しかし、いかに安全で平穏であろうとも、完璧な飼育機械のような世界で生きることにわれわれは耐えられるのであろうか。私には、そのような未来像が残酷なものに思えてならない。もちろん、それは勝手な感じ方に過ぎないのかもしれない。しかし、昨今の地球温暖化問題を考えるにあたっては、人間にとって未来とはそもそも何なのかという問いを無視してはならないことだけはたしかである。未来はそれが未来であるというだけで残酷なものであるとしても、その残酷さを直視することなしに、人類の未来について考えることなどできはしないのである。
 しかし、それにしても、コンピュータ・シミュレーションによる予測は 少なくとも将来的には  人間による科学的思考など待つ必要など本当にないのであろうか。予言機械たるコンピュータが作り出す未来世界を考える前に、次章では、まずこの点を考察してみよう。だが、この考察は困難である。というのは、予言機械が真に精確かどうかは、未来になってみなければ誰も分からないからである。それでも、予言機械の予測値が、明らかに既知の科学的理論と矛盾するというのであれば、予言機械そのものの可能性を疑わざるをえないであろう。そこで、次章では、ハンセン氏やシュナイダー氏らの予言(=コンピュータからの神託)に対して、伝統的な科学的見地からの疑問を提示することによって、コンピュータ・シミュレーションによる予測の可能性を診断してみることにする。もし、自然科学者でもない私の掲示する疑念さえ解消されないとするならば、昨今幅を利かせつつあるコンピュータ的神託は、怪しげなマインド・コントロールであると言われても致し方がないであろう。

● 注
1 後述するが、二酸化炭素の人為的排出による脅威が世間を騒がせたのは、実は今回が初めてではない。
少なくとも、二〇世紀後半の五〇年間に、議論の高まりが四回も起こっている。だが、今回ほど長期間、しかも大規模な騒動になったのは初めてである。
2 歌川学「止められないのか温暖化」 本間慎編著 「データガイド地球環境」[新版]青木書店、一九九五年、一八頁。
3 江澤誠 「欲望する環境市場―地球温暖化防止条約では地球は救えない」新評論、二〇〇〇年、六二-六三頁。(段落は無視)
4 スティーブン・H・シュナイダー「地球温暖化の時代―気候変化の予測と対策」内藤正明・福岡克也監訳、ダイヤモンド社、1990年、二二一頁。
5 シュナイダー「地球温暖化の時代―気候変化の予測と対策」 前掲訳書、二二三頁。
6 シュナイダー「地球温暖化の時代―気候変化の予測と対策」 前掲約書、二二五-二二六頁・括弧内は引用者の捕捉。
7 シュナイダー 「地球温暖化の時代―気候変化の予測と対策」 前掲約書、二二七頁。
8 たとえば、グリピン氏は、ハンセン証言がイギリス政府がイギリス政府(それまでは環境問題に不熱心であった) にもたらした影響について、次のように述べている。
 一九八八年九月末のこと、イギリスの政治評論家の面々は、環境問題に対する政府の姿勢の豹変ぶりにうろたえた。最初に、当時の首相マーガレット・サッチャーが王立協会でスピーチを行ない、酸性雨やオゾン層破壊、温室効果などのような環境問題の重要性を強調すると、その数日後には、サー・ジェフリー・ハウ外相が、国連総会に対して、気候変動の脅威に関する「真剣な討論」の実行を要求したのである。・・・・・・このような政府の心がわりの動機は単純である。それは、熱心な記者によって究明されたのだが、サッチャー首相が、アメリカの議会におけるハンセンの証言を読み、彼の提出した「成り行き注視」の時は過ぎたという証拠に納得させられたからである。(ジョン・グリビン「地球が熱くなる」 山越幸江訳、地人書館、一九九二年、一五―一六頁)
9 宇沢弘文 「地球温暖化を考える」 岩波書店、一九九五年、三頁。
10 米本昌平 「地球環境問題とは何か」 岩波書店、一九九四年、二六頁。
11 米本 「地球環境問題とは何か」 前掲書、三五-三六頁。
(引用終了)

◆疲れた。 さすがに本を読みながらWORDにキーボードで入力していくのは、疲れる。
作業風景を一部公開しよう。
s-1226R0011445.jpg

s-1226R0011448.jpg
 ◆最近暖かくなったので、久しぶりに学習机の方でパソコンを使い著書の上に、ノートパソコンを乗せて書面を見ながらキーボードで手入力して記事を書いたのだが、本当に疲れる。

●ということで、地球温暖化論は、1988年6月23日ジェームズ・ハンセンが広めたのは、間違いないと言えるだろう。
 環境問題に一番冷淡だったフランスがいつ世界に(地球温暖化論)をアピールし始めたのかまでは、残念ながら見つからなかったけど 

また、前述のように槌田氏は、著書の中で
<気象学者たちは、一九七〇年代は、地球寒冷化と言っていたんです。
と言っていたけど、自分は、地球寒冷化説が話題になっていた記憶はない。
 そこでまた、薬師院仁志氏の著書(地球温暖化論への挑戦)より引用させていただく。

引用開始  地球温暖化論への挑戦 69頁より)
   3 氷河時代接近説はどこへ行った-気候変動か思考変動か

 根本順吉氏は、一九八九年、「熱くなる地球」という著書を出版した。一方、同じ著書が一九七四年に出版した書物のタイトルは、「冷えていく地球」というものであった。このふたつの書物を隔てる時間は、気候変動論の方向性を正反対に変えていたのである。一九六〇年代後半から一九八〇年代初頭にかけて、多くの人々は温暖化ではなく、地球が冷えていくことを心配していたのである。当時、気候変動に関する中心的な議論は、迫り来たる氷河時代をいかにして生き延びるかというものであった。実際、一九七二年の一月には、「現在の間氷期はいつどのようにして終わるか」というテーマでの専門家会議が、アメリカのブラウン大学で開催されたのである。つまり、次の氷河期がいつ来るのかという問題が国際的な関心事だったということである。当時は、寒冷化の進行や氷河時代の接近をテーマとする書物が多数出版され、多くの人々に読まれていた。日本で出版されたものの中から例を挙げてみると、以下のとおりである
  [氷河期へ向かう地球] 根本順吉著、風濤社、一九七三年
  [地球が冷える-異常気象]小松左京編集、旭屋出版、一九七四年
  [冷えていく地球]根本順吉著、家の光協会、一九七四年(=角川文庫、一九八一年)
  [ウェザー・マシーン-気候変動と氷河期]N・コールダー著、原田朗訳、みすず書房、一九七四年
  [氷河時代-人類の未来はどうなるか]鈴木秀夫著、講談社、一九七五年
  [地球は寒くなるか-小氷期と異常気象]土屋巌著、講談社、一九七五年
  [氷河期が来る-異常気象が告げる人間の危機]根本順吉著、光文社、一九七六年
  [大氷河期-日本人は生き残れるか]日下実男著、光文社、一九七六年
  [氷河時代がやってくる]F・ホイル著、竹内均訳、ダイヤモンド社、一九八二年
 また、以下に挙げる書物は、タイトルにこそ氷河や氷河時代という言葉は使われていないが、地球の寒冷化をめぐる諸問題をテーマとしたものである。
  [異常気象-天明異変は再来するか] 和田英夫他著、講談社、一九六五年
  [迫りくる食料危機] 中村広次著、三一書房、一九七五年
  [気候変動で農業はどうなるか-食料危機を考える] 坪井八十二著、講談社、一九七六年
  [異常気象と環境汚染]朝倉正著、共立出版、一九七二年
 さらに、一般向けの科学雑誌として広く親しまれていた「科学朝日」誌(朝日新聞社)に掲載された論文のタイトルにも、次のようなものが見受けられる。

  「地球は冷えはじめている-寒冷化の原因と影響」朝倉正、一九七〇年一〇月号。
  「寒冷化時代へのきざし」樋口敬二、一九七一年一一月号。
  「確かに地球は冷えて行く」朝倉正、一九七三年八月号。
 以上の著書や論文は、いずれも高名な論者や学者の手によって書かれたものばかりである。内容も、断じていい加減なものではない。だが、一九九〇年代に入る頃には、これらの著作はすっかり忘れ去られてしまったかのようである。現在では、全て絶版か品切れであろう。それに代わるかのように、いつの間にか、地球温暖化をテーマとする書物が書店に数多く並ぶようになった。この論潮変化の原因は何であろうか。常識的に考えれば、科学的な学説に大きな変化があったに違いないということになろう。すなわち、何らかの大きな科学的発見によって従来の地球寒冷化説の理論的根拠が明確に否定され、代わって地球温暖化説が実証されたからこそ、論潮にも変化が起こったに違いないと考えるのが普通であろう。だが、現実はそうではない。少なくとも地球の気候変動に関して言えば、学説を正反対に変えるような発見や証明は何もなかったのである。この点に関して、米本昌平氏は次のように指摘している。
  ・・・・・・あたかも八〇年代末に地球環境問題が政治問題として急浮上したことが、自然科学研究の内在的な発展の結果として起こってきたかの印象を与えたかもしれない・・・・・。少なくとも温暖化問題に関するかぎり、この時期にとくに世界観を変えてしまうほどの、大理論や大発見があったわけではない。・・・・・・温暖化問題が国際政治の場での主題の一角を占めるようになった主たる原因は、科学の外側にあったことになる。
 つまり、地球寒冷化説から地球温暖化論へという論潮転換は、科学的な発見や証明に基づくものではないということである。大気大循環モデルを用いた研究にしても、それほど目新しいものではない。
それは一九五〇年代に登場し、すでに「一九六〇年代後半から七〇年代にかけて大気大循環モデルによる気候シミュレーションが活発に行われ」ていたのである。
 さらに注目すべき点は、寒冷化説と温暖化論の方向転換が、何も今回に始まったことではないということである。寒冷化説と温暖化論の方向転換が、何も今回に始まったことではないということである。寒冷化説と温暖化論は、まるで流行のサイクルのように、隆盛と衰退を交代してきた。
具体的に言うと、一九五〇年代までは温暖化論が主流であり、一九七〇年代を中心に寒冷化説が隆盛し、一九八〇年代前半は一時的に温暖化論が世間を騒がせた。そして、ご承知のとおり、ハンセン氏の「九九%発言」が出された一九八八年以降、今日まで続く地球温暖化論が大ブレイクしたのである。
 ここで、温暖化論と寒冷化説の隆衰を、順を追って振り返ってみよう。まず、一九七〇年代に隆盛した寒冷化説では、それまでの温暖化論を、古い誤謬のように回顧していたことが見て取れる。たとえば、次のような諸記述である。
 ・・・・・・二酸化炭素は、人類の工業活動によって、いま、しだいにふえつつある。・・・・・・「このままふえつづければ・・・・・・」と、アメリカの科学者ユージン・ピーターソン氏はかつて警告した。「西暦二〇〇〇年には、一九五〇年に比べて世界の平均気温は五度あがり、地球は間違いなく焦熱地獄になるだろう」・・・・・・いま、この予測には、かつてほどの、すごみはかんじられない。現実には、北半球の平均気温は年々下がりつつあるのだから・・・・・・。(一九七七年の記述)
  いまから約二〇年まえは、暖冬つづきで、地球の温暖化が話題になった。その頃南極の氷がとけて海面が上昇し、海に面した大都会が水没するおそれがあるとさわがれた。・・・・・・ところが、さいきんは寒くなってきているという説が有力になってきた。(一九七二年の記述)
  年平均気温が全世界的に寒冷化する方向を歩んでいる時、日本だけがいつまでも温暖化を楽しんでいることは許されまい。・・・・・・暖冬がつづいたころ、二酸化炭素の温室作用説が一時有力な時代があった。・・・・・・一見合理的に思われるこの説にもいくつかの弱点がある。(一九六五年の記述)
 繰り返すが、以上はどれも一九六〇年代後半から一九七〇年代にかけて書かれたということを忘れてはならない。当時の寒冷化論者たちにとって、人為的地球温暖化論は、人工衛星もコンピューターもなかった時代に唱えられていた旧説にすぎず、しかも現実の寒冷化を予測し損なった誤説でしかなかったのであろう。ともあれ、二酸化炭素の人為的排出による地球の温暖化という議論は、一九八〇年代の新発見に基づくものではなく、半世紀以上も前に「暖冬異変」が騒がれた頃、すでに一度は主流化していたものなのである。
 ところが、一九六〇年代後半に入ると、気候変動論の論潮は、寒冷化と氷河期接近へと一変する。

すなわち、本節の冒頭にあげたような著書や論文が多く発表され、多くの人々に読まれた時期である。
その頃になると、すでに「温暖な気候時代は終わっ」ており、「一九六〇年代にはいってから、気温は急速に下が」っているというのが、大方の共通認識になっていた。そして、次のような記述が、いたる所に見受けられるようになるのである。
  
  地球の温暖化傾向については、昭和三十六年十月、ローマで国際シンポジウムがもたれ、世界の気象学者や気候学者の間で議論されたが、それによると近年の暖冬傾向は終わり、欧米ではすでに寒冷化が始まっているのではないかといわれてきた。
  大氷河期の襲来は、ブラウン大学のロブリー・マシューズ博士によれば「現在のペースで気温が下がり続けると、おそらく百年たらずで来る。」という。これを極論としても、早ければ数世紀のうち、遅くても二千~三千年後のことであるというのは有力学者の一致した見解である。
  次の氷河時代が起こることが約束されている危険なのだ。それは今生きているものの大部分をこの世から消し去るばかりか、生き残った者とその子孫にとって、もはや逃れることのできない希望のない灰色の未来だけを残すことになる。それは五万年にもわたって続き、そこで人類が見ることのできる未来は、今日人類が見ている未来よりはるかに望みのないものだろう。だからこそ、この破局を避けるために私たち現代人が行動を起こさなければならないのだ。この窮極的な破局に比べるなら、政府や放送・出版などのメディアや、人々が毎日毎日問題にしていることなどはとるに足らぬ問題なのだが・・・・・・。
 当時の科学者たちは、人類の未来を救うために、地球寒冷化えの対策を急がねばならないと警告していた。もし何らかの人類救済計画を実施しなければ、「今生きているものの大部分をこの世から消し去る」とまで言われていたのである。しかし、温暖化論と同様、寒冷化説もまた、決定的な科学的根拠を見つけられていないでいた。結局のところ、地球が冷える原因を明確に特定することはできないでいたのである。そこで、気候寒冷化の原因-寒冷化現象自体は自明として-に関してさまざまな仮説が出回っていた。太陽活動原因説、周期変動説、人為説、火山活動説、それらの複合説等々である。中でも特に注目を集めた学説の一つが、人為的な粒子状物質(細かなチリ)排出説であろう。工業活動によって大量に排出される煤煙中の粒子状物質がエーロゾルを生成することによって、あたかも日傘をさしたように日射がさえぎられ、地球を冷やしてしまうという考え方である。大量のエーロゾルが、二酸化炭素の温室効果を上回るほどの日傘効果(遮蔽効果)を発揮し、気温低下を招くということである。で、この日傘(遮蔽)効果=寒冷化説の主導者であったのが、アメリカでは「地球温暖化の時代」の著者であるシュナイダー氏、日本では「温暖化する地球」の著書である田中正之氏なのである。田中氏の研究は、「大氷河期-日本人は生き残れるか」という書物にも取り入れられていたし、「地球は寒くなるか-小氷期と異常気象」という書物の中では、次のように紹介されていた。 

  ・・・・・・協力な低温化効果を示すのが、人間活動で放出された細かなチリの力であるという説が近年よく提唱されるようになった。・・・・・・人間活動にもとづくチリの半分は直径が五ミクロン以下であるから、長く大気中に浮かんでいる。そのため、年率四パーセントで増加すると西暦二〇〇〇年には、現在の四倍量になる。この細じんが・・・・・・太陽からの光を散乱させるので、地表面に達する日射量が減少する。・・・・・・
東北大学の田中教授は、世界中が札幌程度に汚染されると、平均気温が三.五度低下するという計算結果を発表した。
 また、シュナイダー氏は、「地球温暖化の時代-気候変化の予測と対策」の中で、自らの過去の見解について、次のように述べている。
  
  私は、一九七〇年の初め(early 1970s)には、粒子は物質による汚染(particulate pollution)が温暖化作用を上回る寒冷化をもたらすだろうと考えていあが、根拠の確実性のことを考慮し、いまでは、温室効果ガスの温暖化作用は逆方向に働く地域的影響の総和を長期的に上回ると考えるようになった。
 今日では地球温暖化の第一人者と目される人々もまた、かつては熱心な寒冷化論者だったのだ。
 ちなみに、粒子状物質排出による冷却化作用自体は-異論も存在するが-今日でも完全に否定されてしまったわけではない。ところが、一九八〇年代に入ると、大きな科学的新発見がなされたわけでもないのに、多くの識者たちが地球温暖化論へと宗旨替えしてしまう。またもや正反対の逆転が生じ、地球温暖化論が復活するのである。まず最初の復活劇は、一九八三年に起こった。だが、これはすぐに忘れ去られてしまう。その後、一九八八年になって再度、現今の地球温暖化問題が急浮上してきたのである。木村竜治氏は、その間の経緯について、以下のように述べている。

 一九八三年、アメリカの環境保護局(EPA)は、“炭酸ガスで地球が温暖化する”というレポートを発表した。その年の一一月六日付の‘サンデー毎日‘は、“七年後、南・北極の氷が融け、ゼロメートル地帯消滅の恐怖”という見出しで、そのレポートを紹介している。それから、七年が経過した。しばらくの間は、“温暖化の恐怖”は忘れ去られていたようにみえたが、一九八八年の北アメリカの大旱ばつをきっかけにして再び社会問題になった。
 すでに指摘したとおり、この「一九八八年の北アメリカの大旱ばつ」をきっかけに、アメリカ上院において公聴会が開催され、ハンセン氏の「九九%発言」が世界中に大反響を巻き起こしたのである。

以後の展開は、周知のとおりであろう。ちなみに、一九八三年に発表されたEPAレポートは、一時的な大反響を巻き起こしたものの、発表直後から次のように批判され、結局はすぐに忘れられてしまった。

  一九八三年後半、アメリカ環境保護局(EPA)は温室効果に関する大がかりな報告書を発表した。新聞や雑誌はそれに追随する形で、次々に警告的な記事を書きたてた。・・・・・・そこでは、極地の万年氷の溶解、海水位の上昇、そしてアメリカ中央部のひどい砂嵐のような状況といった、いい古された“この世の終わり”的シナリオが扱われていたのである。しかもEPAリポートを読むと、これら危険のすべてが一〇年以内、つまり一九九〇年代に、一挙に私たちに降りかかってくるかのような気にさせられる。では、このリポートの出現によって、私の主張するようなり慎重な意見は、無意味になってしまうのだろうか。断じて否である。一九八三年一〇月、多くの新聞のトップ記事を飾ったEPAリポートには、なに一つとして新しい科学的な裏付けはなかった。

 何はともあれ、二一世紀に入った今日でも、「この世の終わり的シナリオ」が実現しなかったことは、誠に御同慶の至りである。だが、話はこれで終わらない。地球温暖化論そのものは再び勢力を盛り返し、その影響力は世紀をまたいで続いている。対照的に、地球寒冷化説の方は、いつの間にかどこかに行ってしまった。現在の論潮において、寒冷化説や氷河期接近説は、すっかり忘れ去られてしまっているか、時代遅れの旧説-かつての温暖化論がそうであったように-という扱いをされるかのいずれかである。たとえば、江澤誠氏は、次のように述べている。

 ・・・・・・科学はつい最近まで、地球の温暖化より、寒冷化を心配していたのである。・・・・・・総合すると、長期的には異論はあっても目下のところ地球が温暖化していることに異論を唱える人は少ない。
 ・・・・・・近年の急激な温度上昇は人為的なものによっていることは動かしがたい。・・・・・・これを食い止めるにはどうすればよいのだろうか。

 つまるところ、「近年の急激な温度上昇は人為的なものによってことは動かしがたい」という理由で、一九七〇年代の寒冷化説が実質的には葬り去られているのである。しかし、一九七〇年代当時は、「いくつもの指標がしだいに寒くなっていることを物語っているという事実は打ち消し難い」という理由で、それ以前に提唱されていた人為的温暖化論が否定されていたことも忘れてはならない。
たまたま寒くなれば温暖化論が否定され、暑さが数年続けば寒冷化説が否定されるという次第である。
確固たる科学的証明も何もあったものではない。第一、たかだか一〇年や二〇年のスケールで地球規模の気候変動を論じるのは無茶であろう。
 今では地球温暖化論の中心人物となったシュナイダー氏もまた、過去の寒冷化説を、昔の人による根拠のない思い込みとして扱っている。非常に信頼できる温暖化論が示されていたにもかかわらず、当時の人々は、寒冷化という誤説を信じていたというわけである。彼は、次のように明言している。

  一〇年から一五年前、ほとんどの人が地球は寒冷化していると思っていたときに、世界各地の数十人の科学者は、たいへん信頼できる物理原則に基づいて、地球の温暖化傾向は一九九〇年までにはっきりするだろうと大胆にも予測した。しかしその問題が人びとの意識にのぼり、あるいは政治的協議事項になることはなかった。
 
ちょっと待って下さい。シュナイダー先生。あなたがこれを書いたのは一九八九年、その一五年前といえば、ちょうど一九七〇年代前半あたりですよ。ということは、あなた御自身が、粒子汚染によって地球が寒冷化するとおっしゃっていた頃ではありませんか。一五年前、あなた御自身は、なぜ「たいへん信頼できる」ことを信じなかったのでしょうか。たとえば、あなたとラソール氏は、権威ある「サイエンス(Sxience)」誌に次のように書いていたはずではありませんか。

・・・・・・人間活動による微粒子注入の増加にともなう全球大気バックグラウンドの混濁がどの程度になるのかを予見することは困難である。しかしながら、これからの五〇年間に、人間による汚染の可能性は、六倍から八倍ほど増大すると見積もられる。大気中への微粒子物質の注入率がこれほど増大すれば、全球バックグラウンドの混濁度は、現在の四倍になろう。その場合、われわれの計算によると、全球気温は三,五度も下がることになる。数年に亘って地球表面の平均気温がこれほど大きく低下することは、氷河時代への引き金となるのに充分なものだと確信される。

 シュナイダー氏もまた、大勢の論潮が地球寒冷化説であった頃、その代表格であった。そして、地球温暖化論が注目されてきたときには、その中心人物になったのである。結局のところ、気候変動論の足跡を見れば、北半球の中・高緯度地方-多くの先進諸国の所在地-を中心とする気候的体験が、議論の論潮を変えてきただけであるとも言える。過去の地球気温を北半球に中心に振り返ると、一九二〇年代から目立ち始めた温暖化は一九四〇年をピークに寒冷化傾向に転じ、一九五〇年代あたりまではまだ比較的暖かい時期が続いたものの、一九六〇年代~七〇年代前半はかなり寒くなり、一九八〇年前後からは再び暖かくなってきたという順序を踏んでいる。この気候変動周期が、温暖化論と寒冷化説の学説変動周期とほぼ一致するのである。極論すれば、先進諸国が寒くなれば寒冷化説が台頭し、暑くなれば温暖化論が有力になるという次第である。気候変動論の論潮転換は、科学的な新発見によるものではなく、近視眼的な気候体験に対応しているのである。この奇妙な周期合致は、そのことをよく表している。今日の温暖化論者にしても、「私たちの過去二〇年前後の記憶をたどってみるだけでも、地球温暖化の着実な進行を実感することができる」などと平気で言うのだ。なお、気候変動論の変遷について、気象学者の倉嶋厚氏は、「科学朝日」(一九七〇年)誌上の対談において次のように指摘していた。

  ・・・・・・いままでの異常気象の論じ方をずっとみてみると、ちょっと変なところがある。たとえば、暖冬異変のときに二つの説が出た。ひとつは太陽黒点説。これは周期説だから、やがて寒冬がくる。これは現象的には当った。もうひとつは炭酸ガス説、例の温室効果だ。これだと、だいたいずっと一定方向に温暖化していく。氷も融けて東京は水浸しになるかもしれないという話に発展した。ところが、寒冷化になった場合には、こんどは大気の混濁物は温室効果じゃなくて遮蔽効果だといわれ始めた。たとえば、ダビタヤはほこりを温暖化の説明に使っているわけだが、別の学者はこれを寒冷化の説明に使う。ひとつのことについてまったく異なった結論が出るような、そういう段階の気象理論であるわけだ。
 
 気候変動論の変遷状況は、この当時とほとんど変わっていない。いったい何を信じればよいのかさっぱり分からないというのが現状なのである。少なくとも、現在の人為的地球温暖化論を信じ切ることなど、とてもできそうにないと思われる。それとも、今日の地球温暖化論にはこれまでにない強力な根拠があるというのであろうか。人為的地球温暖化論を主張するのであれば、この点を明確にしておかなければ全く説得力がないのである。
 また、現在の地球温暖化論者を含め、ほとんど全ての気象学者は一九五〇年代から一九七〇年代にかけて、地球-特に北半球-の気温が低下したという事実を認めている。だが、その理由が説明されていない。倉嶋氏の言うとおり、もし二酸化炭素等の人為的排出が地球の温暖化を招くのであれば、「ずっと一定方向に温暖化」しなければおかしい。産業革命期以来一貫して温室効果ガスの人為的排出は継続かつ増大しているはずなのに、なぜ一九五〇年代から一九七〇年代だけ低温化したのか。
この点もまた、地球温暖化論の理論的矛盾である。この点については、すでに田宮兵衛氏が次のような疑問を投げかけているのだが、温暖化論者からの明確な解答は未だ示されていない。

  ・・・・・・北半球の平均気温は、一九四〇年頃に極大に達したあと、一九六〇~七〇年代にかけて低下する傾向にあった。このことは二酸化炭素濃度の一方的な増加からは説明できないのである。それにも関わらず、なお二酸化炭素の温室効果が現在進んでいるという主張をしたいならば、一九四〇~七〇年の低温化を説明しなければならない。

なるほど、シュナイダー氏は、「状況証拠に基づく推測の域を出ていない」と慎重に断りながらも、気温低下期の原因を、二酸化硫黄の人為的排出に求めている。すなわち、人為的に排出された大量の二酸化硫黄が硫酸塩エーロゾルを生成したことによって、気温を押し下げたと言うわけである。実際、一九七〇年代初めのシュナイダー氏は、微粒子による汚染が「氷河時代への引き金となるのに充分なものだと確信される」と言っていた。だが、今となっては、それは「状況証拠に基づく推測」に過ぎなかったらしい。ともあれ、一九八九年になると、シュナイダー氏は次のような説明をするのである。

  ・・・・・・主に北半球の現象である二酸化硫黄排出が、一九五〇年から七五年にかけて急激に増加し(この間、北半球の地表気温は低下した)、次いで環境保護の要請から減少した(一九八〇年代は記録されている限りでは最も暖かい一〇年となった)という事実から、二酸化硫黄が雲の明るさを変えたために、一九五〇年から八〇年のあいだの北半球の温暖化はモデルの予測値を下回ったと考えることが出来る。

 だが、この説明は、他の地球温暖化論者たちの見解と大いに矛盾する。たとえば、和田武氏の見解では、二酸化硫黄もまた、温室効果ガスだということである。和田氏は、次のように明言している。

  最近では、二酸化炭素以外の他の温室効果気体の増加による温度上昇も無視できなくなっている。
  ・・・・・・対流圏のオゾン、二酸化硫黄、四塩化炭素、クロロフォルム、メチレンクロライド、エタンなどの温室効果気体も増加している。
 
 要するに、和田氏によると二酸化硫黄もまた温室効果ガス(=地表からの赤外放射を吸収する)だということであり、シュナイダー氏の方は二酸化硫黄の人為的排出が冷却化(=エーロゾルの生成)の原因だったとしているのである。となると、少なくともどちらかが間違っていることになる。さらに、シュナイダー氏の言うように、二酸化硫黄の排出量は本当に減っているのであろうか。たしかに、欧米では酸性雨対策として二酸化硫黄の排出規制が実施された。だが、中国を始めとする新興工業諸国では、むしろ二酸化硫黄の排出量が増加しているとも言われているのである。実際、右の和田氏の記述でも「二酸化硫黄・・・・・・も増加している」となっている。なお、和田氏は、別の著書で次のように述べているのである。
  このまま化石資源を大量に使用する工業化や人口増加がつづけば、二酸化硫黄や窒素酸化物の排出量がますます増加することが予想されています。
 
いったい、二酸化硫黄は冷却効果をもたらすのか温室効果気体なのかどっちなのだ。それは増えているのか減っているのかどっちなのだ。この点にきちんとした決着をつけてもらわなければ、一九六〇年代~七〇年代における気温低下の原因を明らかにすることはできない。少なくとも、自分自身でさえ「状況証拠に基づく推測の域を出ていない」と認めているシュナイダー氏の原因説明など、とうてい異論なく納得できるようなものではないのである。
 
 なお、シュナイダー氏の言うとおり、二酸化硫黄が-温室効果ガスではなく-硫酸塩エーロゾルを生成する物質であったとしても、疑問が晴れてしまうわけではない。二〇〇〇年三月、国立環境研究所と東京大学気候システム研究センターの共同研究チームは、大気中の微粒子エーロゾルが、寒冷化効果ではなく、温暖化を加速する作用を持つとの学説を発表した。逆説的にも、もしこの学説が正しければ、人為的な気候変動という考え方自体が再考を迫られることになる。というのは、シュナイダー氏らがかつて唱えていた学説が、正反対の誤解に基づくものだったことになってしまうからである。シュナイダー氏の言うように「二酸化硫黄排出が、一九五〇年から七五年にかけて急激に増加」したのであれば、その時期こそ温暖化が加速していなければ辻褄が合わなくなる。すなわち、一九六〇年~七〇年代の気温低下は人為的な微粒子汚染によるという説明が、その根拠を完全に失ってしまうのだ。二酸化炭素も微粒子エーロゾルもともに昇温傾向があり、その両者が産業革命期以来人為的に大量排出され続けてきたのであれば、なぜ一九六〇年代~七〇年代には気温が下がったのか。
その当時だけ人間の工業活動が止まったわけではない以上、この期間の地球寒冷化の原因は、非人為的(=自然的)な要因に求めざるをえないことになるのではないだろうか。
 いずれにせよ、気候変動論の論潮は、明確な科学的根拠を常に欠いたまま、多数決によって、寒冷化説と温暖化論の政権交代劇を演じてきたのである。思い出せば、一九七〇年代には、新聞紙のマス・メディアも寒冷化説を後押ししていた。当時の新聞記事には、次のような記事が載っていたのである。

十月に来日したアメリカのウィスコンシン大学教授レイド・ブライソン博士も、こう述べた。

  「過去の例をみると、間氷期というのは一万千年ぐらいしか続かない。ウルム氷期が去ってから、すでに一万八百年ほどたっているから、そろそろ大氷河期がやってきても不思議はない」。(一九七六年)
  米国では、経済危機の様相をみせはじめた空前の大寒波。日本では、平均気温が戦後で最も低い異常寒冬-。太平洋をはさんで日米両国が記録破りの寒さに見舞われている。・・・・・・「地球寒冷化説」を裏書きするものか。日米ともに、異常寒気団の襲来はまだ続くのか。ホットなニュースとして世界中をかけめぐっている・・・・・・。(一九七七年)

 一九八〇年代末頃からは人為的地球温暖化をしきりに報じているマス・コミもまた、その一〇年ほど前には、氷河期近接と地球寒冷化を軸に記事を書いていたのである。マス・コミにしても学者にしても、その急激な思考変動は驚くばかりである。すなわち、「暖冬異変」の頃は温暖化論が台頭し、異常寒波が来ると寒冷化説が主流になり、そして一九八〇年代以来の高温期に入ると、再び温暖化論が隆盛しているという次第である。明確な科学的新発見がないにもかかわらず、なぜこのように論潮が変動するのか。結局、たまたま寒くなれば寒冷化説が隆盛し、たまたま暑くなれば温暖化論が幅を利かせるというだけのことではないのだろうか。シュナイダー氏の理論にしても、天気によって中身が変わっているとしか思えないのである。気象学者だからお天気屋さんなのは仕方ないというのでは、冗談にもなるまい。

地球温暖化論への挑戦87頁
地球温暖化論への挑戦88.89
地球温暖化論への挑戦90.91頁


●―注
1  氷河期と氷河期の間の期間を間氷期と言う。なお、土屋巌氏は、この国際会議の様子を次のように報告している。
  この会議で出された見解で問題になったのは、間氷期の長さが、従来漠然と氷期より長いといっていた見解を修正したことである。たとえば北米でサンガモン間氷期といい、ヨーロッパでリス-ウルム間氷期と呼ばれていたものの長さは、もし現在の気候より温暖な時期を間氷期と規定したら、一万年ぐらいの長さしかなかったという見解である。少数の反対意見はあったが、賛成者の方が多かったという。それだけではない、もし現代を間氷期に含めるとするならば、氷期の終わりに現代と同様の気候状態になってからすでに一万年近くを過ぎたので、そろそろ次の氷期に移行する時期になっているという見解の支持者もかなり多かった。(土屋巌 「地球は寒くなるか-小氷期と異常気象」講談社、一九七五年、七二頁)
2 米本昌平 「地球環境問題とは何か」岩波書店、一九九四年、四二頁。
3 時岡達志 「大気大循環モデルによる気候の研究」「科学」第五四巻九号、一九八四年(五三三-五四〇頁)、五三六頁。
4 G・S・カレンダー氏(一九三八年)やG・プラス氏(一九五六年)らの研究が有名であるらしい。
5 見角鋭二「凍結地球と温室地球」朝日新聞科学部編「異常気象」朝日新聞社、一九七七年、二〇-二一頁。(段落は無視)
6 朝倉正 「異常気象と環境汚染」共立出版、一九七二年、六一頁。(段落は無視)
7 和田英夫他 「異常気象-天明異変は再来するか」講談社、一九六五年、三〇-三六頁。
8 「<座談会>日本の“空”をかたる」「科学朝日」一九七〇年一〇月号(三九-四六頁)、四三頁。
9 朝倉正 「確かに地球は冷えて行く」「科学朝日」一九七三年八月号(一二三-一二八頁)、一二五頁。中村広次氏もまた、「地球は温暖期を終って、寒冷化の方向に歩みだしていることは確実である」と明言している(中村広次「迫りくる食料危機」三一書房、一九七五年、六七頁)。
10 たとえば、「地球が熱くなる」(地人書館、一九九二年)という書物の著者であるジョン・グリビン氏もまた、かつては次のように述べていた。

  ・・・・・・現在、私たちは氷河期の一部である間氷期に住んでいるという程度の意味ではなく(軌道的位置からみれば、すでに間氷期は終わっている!)、たまたま大氷原をつくるような、一連の厳しい冬がきていないにすぎないことを示している。しかし、そのような季節は一〇〇〇年、いや二〇〇〇年もこないかもしれないし、次世紀にくるかもしれない。むろん、まちがいなく今後四〇〇〇年のうちにはそうなるであろう。そしてそのときは、次の間氷期までの一〇万年の間、氷河期の状態が続くのである。・・・・・・本格的な氷河期が一〇〇年以内にくるなら、すべての望みはご破算になり、うまくやってゆく方法を学ばないかぎり、人類は生きていくことさえできなくなる。しかし、二、三〇〇〇年の間こなければ(大いに可能性がある)、過去一〇〇〇年の正常な気候よりよくないという気候に備えて計画をたてるべきである。
  (ジョン・グリビン「夏がなくなる日-明日を襲う気象激変と「温室効果」」平沼洋司訳、光文社、一九八四年、一〇〇-一〇一頁)
11 和田英夫・安藤隆夫・根本順吉・朝倉正・久保木光熙「異常気象-天明異変は再来するか」講談社、一九六五年、一五四頁。
12 根本順吉 「氷河期が来る-異常気象が告げる人間の危機」一九七六年、光文社、八六頁。
13 F・ホイル「氷河時代がやってくる」竹内均訳、ダイヤモンド社、一九八二年、二〇四-二〇五頁。
14 たとえば、小松左京氏は、次のように解説していた。
   ・・・・・・徐々に寒冷化に向かいつつある。という「現象」は認められるが、寒冷化が起こる・・・・・・理由、「原因」というものは、まだはっきりしていない・・・・・・。(「地球にいま何が起こっているか」)小松左京編集
   「地球が冷える-異常気象」旭屋出版、一九七四年、三三頁)
15 もちろん、人為的な日傘(遮蔽)効果による地球の寒冷化という説に対しては、一九七〇年代当時から異論が存在した。一例を挙げておこう。
  
  六〇年代に入ってから気温の低下が特に著しくなったことから考え、日射をさえぎる人為的大気汚染が新たな一つの要因として付け加わってきたことは事実と考えられる。しかし極地で気温の低下がはじまったのはかなり古く一九二〇年代であるから、やはり変化の大勢は自然自身によるものと考えられる。
  (根本順吉「氷河期へ向う地球」風濤社、一九七三年、一〇六頁)
16 気体を分散媒とし、個体(または液体)の微粒子を分散質としているコロイド分散系。
17 シュナイダー氏の著書にはかなり粗雑で強引な点も目立つが、田中正之氏の著書は堅実で、学問的廉直さが感じられる。田中氏がなぜ温暖化説を支持するのか不思議である。
18 日下実男「大氷河期-日本人は生き残れるか」朝日ソノラマ、一九七六年、二七四-二七五頁。
19 土屋巌「地球は寒くなるか-小氷期と異常気象」前掲書、一六一頁。
20 スティーブン・H。シュナイダー「地球温暖化の時代-気候変化の予測と対策」内藤正明・福岡克也監訳、ダイヤモンド社、一九九〇年、三五三頁。なお、括弧内の原語は、引用者の捕捉。
21 木村竜治「地球温暖化問題と地球空調システム」「科学」第六〇巻一二号、一九九〇年(七九三-八〇一頁)、七九三頁。
22 シュナイダー氏によると、一九八一-八五年あたりの初期レーガン政権は「環境問題敵視の傾向」があり、温暖化対策のための活動や研究にとって「長い苦難の時」であったということである(シュナイダー「地球温暖化の時代-気候変化の予測と対策」前掲訳書、第六章を参照)。当時のアメリカの国内事情で「予算をカットできる恰好のターゲット」にされたのは事実だとしても、そんな政治的な問題が世界の科学的論潮に影響するというのもおかしな話であろう。いずれにせよ、地球温暖化問題の議論は、科学の外部で展開されることが非常に多いのである。
23 グリビン 「夏がなくなる日-明日を襲う気象激変と「温室効果」」前掲訳書、二四八-二四九頁。(段落は無視)
24 江澤誠「欲望する環境市場-地球温暖化防止条約では地球は救えない」新評論、二〇〇〇年、54頁、88頁、90頁。
25 N・コールダー「ウェザー・マシーン-気候変動と氷河期」原田朗訳、みすず書房、一九七九年、一三〇頁。
26 シュナイダー「地球温暖化の時代-気候変化の予測と対策」前掲訳書、一三二頁。
27 S,i,Rasool and S,H,Schneider,“Atmospheric Carbon Dioxide and Aerosols:Effects of Large Increa-ses on Global Climate,”Science,Vol,173,July 9,1971 (pp,138-141),p,141,
28 佐和隆光「地球温暖化を防ぐ-二〇世紀型経済システムの転換」岩波書店、一九九七年、三頁。
29 「(座談会)日本の“空”をかたる」「科学朝日」一九七〇年一〇月号(三九-四六頁)、四三頁。
30 田宮兵衛「気温による気候変動・変化の把握とその問題点」河村武編「気候変動の周期性と地域性」古今書院、一九八六年、七八-七九頁。
31 シュナイダー「地球温暖化の時代-気候変化の予測と対策」前掲訳書、三五三頁。
32 和田武「地球環境論-人間との新しい関係」創元社、一九九〇年、七四-七六頁。また、別の学者は次のように指摘している。
 工業活動によって一年あたり七〇〇〇万トンもの硫黄のほとんどが二酸化硫黄として大気へ放出されている。(トーマス・E、グレーデル=ポール・J・クルッツェン「気候変動-二十一世紀の地球とその後」松野太郎監修、塩谷雅人・田中教幸。向川均訳、日経サイエンス社、一九九七年、八六頁)
33 石弘之氏は、次のように指摘している。
   これまで酸性雨は、先進工業国の産物とばかり信じられてきた。だが、インド、マレーシア、メキシコ、ブラジルなどで相次いで酸性雨の被害が伝えられ、特に中国でかなり深刻な被害が出ていることが、明らかになってきた。・・・・・・中国全土では、年間一五〇〇万トンの二酸化硫黄が排出され、このうちの八五%は石炭の燃焼が原因。・・・・・・中国では汚染物質除去の対策が立たず、酸性雨は今後も悪化するのでは、と心配されている。(石弘之「地球環境報告」岩波書店、一九八八年、二二一-二二二頁)
 また、次のような指摘もある
  ・・・・・・国立の科学技術政策研究所の見積もりによると、特段の対策を導入しない自然増ケースでは、二〇一〇年に東アジアで予測される二酸化硫黄の排出量は、現在の約二倍に相当する年間約二三五〇万トンに達する。欧州や北アメリカを凌駕する世界最大の排出源が、近い将来、東アジアに誕生する可能性は極めて高いのである。(電力中央研究所編著「どうなる地球環境-温暖化問題の未来」)電力新報社、一九九八年、四九頁)
34 和田武 「地球環境問題入門」実教出版、一九九四年、三六頁。
35 朝日新聞、二〇〇〇年三月二四日夕刊を参照。
36 朝日新聞、一九七六年一一月三〇日。
37 朝日新聞、一九七七年二月五日。
38 異常寒波としては、一九六三(昭和三八)年のサンパチ豪雪が特に注目され、寒冷化説の台頭を支えた。
引用終了

 ◆69から95頁まで見ながら、キーボード入力するのは、さすがに疲れた。
やはり過去には、地球寒冷化を危惧する書籍が出版されていた事実から、地球寒冷化説が主流だったのは、間違いないようだ。



地球温暖化の歴史(国際的動向)
http://www8.plala.or.jp/kawakiyo/kiyo9_01_02.htm

地球環境問題
(含む人口・資源・エネルギー問題)
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/h-minami/note-kankyou.htm
2011/02/09 01:33原子力ページ上部へ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。