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ウラン1グラム

(2011年3月16日23時半頃追記)
引用開始
出典:産経こどもニュースより 1379-1_l

原子力発電(げんしりょくはつでん)(2)・発電(はつでん)のしくみ

原子力発電(げんしりょくはつでん)では、たった1グラムのウランからドラム缶(かん)約(やく)10本分(ぽんぶん)の石油(せきゆ)をもやした時(とき)と同(おな)じ量(りょう)の電機(でんき)が得(え)られるなど、少(すく)ない燃料(ねんりょう)でたくさんのエネルギーを作(つく)り出(だ)すことができます。現在(げんざい)、私(わたし)たちが使(つか)う電気(でんき)の約(やく)三分(さんぶん)の一(いち)は原子力(げんしりょく)によるものです。

原子力発電(げんしりょくはつでん)では原子炉(げんしろ)でウランを核分裂(かくぶんれつ)させ、その時(とき)に出(で)る大量(たいりょう)の熱(ねつ)で水(みず)を沸(わ)かして蒸気(じょうき)を作(つく)り、タービンと発電機(はつでんき)を回(まわ)して電気(でんき)にしています。蒸気(じょうき)を利用(りよう)して電気(でんき)を作(つく)ることは、火力発電(かりょくはつでん)と同(おな)じです。
(引用終了)

▲説明としては、非常に分かりやすいが何と言う子供騙し!!
 下記でも記述したとおり、ウラン235は、1gで石油2トン分(ドラム缶約10本分)に相当するエネルギーがあることには、文句をつけないけど、だからと言って2トン分の石油の代わりになる訳はないのに、子供に誤解を与え洗脳する産経新聞のやることは、悪質な行為である。


(2011.3.13 18:00)
 原発推進派が原発を正当化する口実として「ウラン(235)1グラムは石油2トン分のエネルギー」というものがある。

引用開始
http://www.pref.ibaraki.jp/kagakukan/kankyo/kankyo_6.html
ウラン1グラムは、石炭3トン、石油2キロリットル(ドラム缶10本分)と同じ量のエネルギーを出します。
引用終了

引用開始
http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu13/siryo5-2.pdf
ウラン燃料1gは、石油 1.8トンに相当
(引用終了)

(引用開始)
http://www1.bbiq.jp/kmsystem/sub11-3.html
その熱エネルギーは、ウラン1gあたり、石油2000L分、石炭3t分に匹敵するといいますから、どんなに巨大なエネルギーを生み出すかが分かるでしょう。
(引用終了)

(引用開始)
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/seikan/gentai/nuclear/koho/pdf/genshiryoku_shou.pdf
そのウラン1gで石炭3tぶん、. 石油2k ぶんのエネルギーを. 出すなんてすごいわね。
(引用終了)
 ▲イラストや写真付きで子供向けに説明されていて分かりやすいが、子供騙しでもある。

引用開始)
http://www2.nagano-nct.ac.jp/~jig/TQresults/40605/aboutatomic.html
1グラムのウラン235の核分裂が石油2000リットル分のエネルギーをつくる
原子の大きさは1億分の1cmという超ミクロの世界。でも、小さな小さな原子だけど、大きな大きなエネルギーを生み出すことができます。
なんと、ウランの核分裂では、1グラムのウラン235で、石油なら2000リットル(ドラム缶10本分)、石炭なら3トン分のエネルギーを生み出すことができるのです。
石油や石炭、天然ガスなど限りあるエネルギー資源を大切に長く使うためにも、小さな原子がつくりだす原子力エネルギーを有効に利用していくことが求められています。
(引用終了)


 ◆自分は、完全に素人で詳しいことは、よく分からないが、ウラン235が完全に核分裂すると、石油2トン分のエネルギーに相当するというのは、間違いないだろう。
 しかし、だからと言ってウラン1グラムは、はたして石油2トン分の代わりになると言うのだろうか?

最近自分は、近藤邦明さん も参考にしている室田武氏の著書で原発の経済学と言う本を中古で買った。
原発の経済学 (朝日文庫)原発の経済学 (朝日文庫)
(1993/08)
室田 武

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 1993年出版で18年前の古い本だが、原発を台所で例えて説明するなど、近藤さんが使わない表現で説明してくれて、なかなか分かりやすい説明の本だった。「とは言え一部専門的な話は、高卒の低学歴の自分には分かりにくかったけど」

 (引用開始 原発の経済学 室田武 朝日文庫より)
右の著書室田武氏の著書原発の経済学 絶版

 32頁
 電力会社の宣伝パンフレットや物理学の教科書などでよくみかける文章に、「1グラムのウラン235が完全に核分裂すると、石油二トン相当のエネルギーがえられる」というのがある。
この表現には、狭義の物理学によるかぎり、どこも誤りはないが、問題は、それを読んで私たちが、「したがって、原子力は大量の石油の代わりになる」と勝手に解釈してしまうことである。そこで、手前勝手な解釈をする前に、最初の文章でいわれている一グラムのウラン235なるものを、私たちが入手して使いこなすにはどうしたらよいかを、石油や石炭と対比しながら考えてみよう。
 石油や石炭の特徴のひとつは、それらが地理的に偏在している、ということである。それらのもうひとつの特徴は、いったん手に入れさえすれば、ほとんどそのままの状態で、すぐに燃料として身近なところで使えるということである。読者の皆さんの家の裏庭を掘り返したら、原油が湧きだしてくるとか、石炭の鉱脈にぶつかる、ということはほとんどありえない。それらは、ありかがだいたい見当のついている世界のいくつかの地域、日本のいくつかの地域において、ボーリング調査など、いろいろ努力して探しあてるものである。
 しかし、いったんみつかってしまえば、原油は原油生だきの火力発電所の燃料になるし、いくらか手間をかけて精製すれば、その結果えられるガソリンは、あなたの家の前を走る自動車の燃料になり、灯油はあなたの家の冬のストーブの燃料にもなる。石炭も、ほとんどそのまま火力発電所の燃料になるし、かつては、日本中を石炭を積んだ蒸気機関車が走っていた。
 これにたいし、ウランは事実上どこにでもある物質である。あなたの家の裏山にころがっているかもしれない花崗岩の中には、多数のウラン原子が含まれているし、海水の中にも多数のウラン原子がある。これら以外にも、ウランはたくさんあり、ふつうの土砂の中にも少しは含まれている。

 ところで、どこにでもあるというのは、一見便利のようであるが、良く考えてみると、そのことは、どこにでもあるほど散在している、という問題をはらんでいることがわかる。幼児が砂場いっぱいにちらかしたおもちゃの中から、つなぎ糸の切れた多数のビーズ玉だけを拾いあげようとしたら、ずいぶん手間がかかるが、種々の鉱物の中に混じりこんでいるウランを寄せ集めるのも、これに似ていて、たいへんな作業を必要とする。たとえば、海水からウランをとりだして原発用の核燃料をつくろうとすれば、その採取・精製工程が必要とする電力は、回収したウランの核分裂によってえられる電力の量より、はるかに大きくなることが知られている。
 次に、いくら電力をむだにしてもかまわないから、とにかく核燃料ができたとして、これをあなたの家の台所に持ってきて、水を入れたやかんの中に放り込み、湯わかしすることができるだろうか。あるいは、その核燃料を収納した小型原子炉によって、ガソリンや石炭なしで自動車や機関車を走らせることができるであろうか
 このようなことがかりにできるとしても、核燃料からえられる熱は、死の灰生産の副産物として、その灰の量に正確に比例する分だけ発生することに注意が必要であろう。日本の原子力発電所で使われている核燃料の多くは、三パーセント濃縮ウランといわれるものであるが、この核燃料一トンからおよそ二〇キログラムの死の灰と、約七キログラムのプルトニウム239が生成される。

 ところで、プルトニウム239の粉末をつくって、これを口や鼻を通じて均等に人びとの体内に摂取されるようにしてやると、耳かき一杯分で一〇〇万人の人を殺すことが可能である。
したがって、新幹線程度の列車を動かすのに十分な小型原子炉で生成される量のプルトニウム239であっても、何百万人もの人を殺す潜在能力をもっているわけである。これに加えて、死の灰のもつ殺人効果も考えねばならない。
 こういうしだいであるから、石油や石炭と同じように、核燃料を家庭にもちこんだり、自動車や機関車に積み込んで、それらの動力源にすることは無理なのである。
 つまり、石油・石炭とは対照的に、ウランは、どこにでもあるくらいあまりに散逸した状態で存在するので、それを集めて核燃料にするためにたいへんな労力や電力などを要すること、そして、プルトニウムと死の灰のもつ致死的ならびに遺伝的な毒性のために、身近なところで使える燃料にならないこと、以上二つの大きな欠陥をもっている。したがって、「一グラムのウラン235が完全に核分裂すると、石油二トン相当のエネルギーがえられる」という文章を、「原子力は大量の石油の代わりになる」というふうに手前勝手に解釈してしまうと、それはたいへんな誤りにつながりかねない。

(引用終了)

 ▲確かに、ウラン235のエネルギーが石油2トン分に相当するということは、多分、間違いないだろう。
しかし、だからと言ってそれが石油2トンと同じように使える訳がなく、核燃料を収納した小型原子炉によってガソリンや石炭なしで自動車や機関車を走らせることなど出来ないので、 ウラン235が石油2トン分のエネルギーに相当するからと言って、 だからそれがどうした? と言う意味で間違いないだろう。

 原発推進派どもは、 その1グラムのウラン235とやらを、人間社会が手に入れるには、どれくらい石油が必要か? と言う説明を一切しない。
 
 最後に、近藤さんの文章も引用させていただこう。 

(引用開始) 
http://env01.cool.ne.jp/ss02/ss024/kondoh03.htm

プルサーマル、もう一つの意味

HP『環境問題』を考える
 管理人 近 藤 邦 明 

原子力発電が始まった当初、よく耳にしたのが『ウラン(235)1グラムは石油2トン分のエネルギー』と言う謳い文句です。これは、物理学的な意味において、1グラムの核分裂性のウラン235が完全に核分裂反応した場合に放出する熱エネルギーが石油2トンが燃焼した場合の熱エネルギーに匹敵すると言う意味で、間違いではありません。しかし、現実の社会で、私たちが有効に利用できるエネルギーとは、物理学的な意味とは全く別のものであることを理解しておかなくてはなりません。
 最終的な出力として私たちが使用可能なエネルギー量に対して、それを得るために一体どの程度の『手間』がかかるのかが問題なのです。直接的なエネルギー利用技術だけではなく、エネルギーを使用可能にするために必要な設備、装置、あるいは社会的なインフラ全てを製造・運営・廃棄するために必要な、全ての仕事・投入資源量・投入エネルギー量を積算した上で、産出される単位エネルギー当たりのコストを比較することによって、初めてエネルギー供給技術としての優劣が比較できるのです。部外者にとってこうした積算によって技術評価することは現実的には不可能です。

(引用終了)
2011/03/16 23:36原子力ページ上部へ▲
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