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石油を湯水のように使い鉛やコンクリートによる遮蔽を強化する暇があるのなら「石油枯渇」に備えたはずの原発は要らないではないか!

 原発の是非について議論するときは、殆ど事故のことばかりが争点になっているのはいい加減にウンザリして来た。
 原発は、安全性を向上して、事故さえ起こさなければ推進しても良いと言う考えが許せない。

なぜなら 原発は、安全性を向上しようが、事故が発生しなかろうが 普通に運転するだけで、 高レベル放射性廃棄物 が発生してしまうからである。

関連過去記事
地層処分について考える。

仮に(事故が起こらなかった)としても

G8首脳会議 原発安全へ日本の教訓生かせ(5月28日付・読売社説)

<国際社会の重大関心事である原子力発電所の安全性向上に向け、日本がどこまで具体的な貢献をできるかが問われる。>

まだ原発を推進するということは、世界を滅ぼすつもりらしい!!

 プルトニウム239の半減期は、24100年と言われ、約24000年経過しても放射能が消えるのではなく、半分になるだけである。 厳密に言えばプルトニウム239からは、アメリシウムという物質も発生するらしい。

 高レベル放射性廃棄物を発生させようが、活断層のないところの地下300m以上深く埋めてしまえば大丈夫?
2000年10月6日に発生した鳥取県西部地震のように、活断層のないところでも地震は、発生するのである。

関連過去記事
今回の事態は既に(1997年の時点)で予測されていた?


今回は、仮に百歩譲って原発の安全性を向上するには、どうしたらいいのか?と言うことについて室田武氏の著書、原発の経済学を引用させていただきながら考えてみる。
右の著書室田武氏の著書原発の経済学 絶版

(原発の経済学 231頁より引用開始

国土総汚染計画

 

「石油不足に備えて原子力開発を」といわれるが、原発開発諸当局のエネルギー供給見通しをみると、将来の石油輸入を大幅に減らすなどという予定はまったく語られていない。

 たとえば、一九八〇年一一月二八日に政府が閣議決定として発表した「石油代替エネルギーの供給目標」によると、一九七八年現在で年間約三億キロリットルの日本の石油輸入量は、一九九〇年には三.五キロリットルにふえるとされていた。石炭に至っては、一九七八年現在で年間七五五〇万トンの輸入が、一九九〇年には一億四三五〇万トンにふえるとされてた。そして、こうした石油、石炭の輸入量に加えて、一九八〇年現在で出力一五〇〇万キロワットの原発がその一〇年後には五三〇〇万~五五〇〇万キロワットになる、と語られているのである。これは、発電量でみると、一九九〇年度に原発が供給する電力量を、七八年度実績値の四.九二倍にする、という目標から導き出された数字である。

 

 さらに、一九八六年七月、通産省の諮問機関である総合エネルギー調査会の原子力部会は、二〇三〇年時点での原発設備を、一九八五年現在の二四五二万キロワットの五.六倍にあたる一億三七〇〇万キロワットに増やすという途方もない見通しを発表した。

 このような目標がかりに達成されるとすると日本はどうなるだろうか。電気出力一〇〇万キロワットの原発一基が一年間フル稼働すると想定すると、広島原爆のまきちらした放射能の約一千倍の放射能をもつ死の灰ができる。したがって出力五千万キロワット以上ということであれば、一九九〇年代には広島原爆五万発分もの死の灰が年々つくり出されるということである。さらに、出力一億三千万キロワット以上ということなら、二〇三〇年代には、広島原爆一三万発分もの放射能が年々つくり出されるということになる。

 こうなると話がいささかSF小説めいてくるが、「目標」がもし達成されれば本当にそうなことに注意したい。それほど気の遠くなるような大量の放射能の年々の累積分を事故なしに半永久的に保管するというようなことが、だれにできるというのであろうか。科学の進歩がなんとかしてくれるだろう、先端技術の力をかりてガンバロウ、などといってもダメである。なぜなら、むしろ科学は、自然に崩壊して他の元素に変わっていくのを待つ以外に放射能を消滅させる方法がないことを教えているからである。加速器などを使って人為的に消滅させようとすると今度は別の放射能がつくられることになり、かえって危険である。

 ロケットで地球の外へ棄ててしまおうとしたら、まずロケットをつくりその推進燃料をつくるのに莫大な石油・石炭が必要だし、誤って地上に落下したら環境に放出される放射能の量は小型の原爆などとは比べものにならないくらい大きい。年々広島原発五万発分つくられる死の灰をつめる容れ物をつくるには、鉛、鉄、ガラス原料など世界中からかきあつめ、私たちのくらしを犠牲にして石油、石炭をその製造工程に注入することが必要になろう。

 つまり、この「目標」は、「絵にかいたモチ」ならぬ「絵にかいた死の灰」であるか、あるいは本物の国土総汚染計画か、のいずれかであり、前者であることを望むのは筆者だけではないと思う。


一旦引用終了


 不謹慎で笑いごとではないが、「絵にかいた死の灰」には、笑ってしまった。 「もちろん笑いごとで済ませてはならない!」

このブログでは、既にしつこく述べたように放射能を除去する技術など存在しない。
 本当にしつこいが、原発は、事故を起こさなくても普通に運転するだけで、高レベル放射性廃棄物が発生するのだが、毎年溜まる一方の高レベル放射性廃棄物を事故なしに、半永久的に保管するというようなが、誰にできるというのか?
 もちろんロケットで宇宙に飛ばして棄ててしまえば解決するにしても、ロケットをつくるのはもちろんそのロケットの推進燃料をつくるのに莫大な石油や石炭が必要である。 しかも誤って地上に落下したら環境に放出される放射能の量は小型の原爆など比にならないらしい。 
 年々広島原爆五万発分「↑広島原発五万発と本には書いてあったけど多分これは室田さんの書き間違いだろう 」つくられる死の灰を詰める容器をつくるには、鉛、鉄、ガラス原料など世界中からかきあつめなければならない?

 ↑
これを読んでなにかおかしなことに気がつかないだろうか?
 石油や石炭は、私たちの暮らしの為に使うのではなく、単なる原発の放射性廃棄物の後始末のために浪費されていく。
これでは、石油枯渇備えたはずの原発は、要らないではないか!

 今まで原発は、世界各地で事故を起こしている。 原子力発電所に限らず

249頁より引用開始
石油を湯水のように使い、鉛やコンクリートによる遮蔽を強化すれば、そうした事故の発生確率をいくらか下げることができるかもしれない。しかし、そんなに石油があるなら、「石油不足」に備えたはずの原発は要らないではないか。また人間のすることに完璧などということがありえない以上、石油を無限に投入して放射能を防護しても、やはり事故はおこるであろう。

引用終了
 つまり原発の安全性を向上させる為には、石油を湯水のように使い鉛やコンクリートによる遮蔽を強化するのだが、これでは、原発推進派どもは、
 石油枯渇に備えてなどと言う 原発の大義名分を自ら捨てることを意味するな。
 つまり、先日のフランスのドービルで開かれた主要8カ国(G8)首脳会議の首脳宣言である (原発の安全性強化を図る)には石油を湯水のように使い、鉛やコンクリートによる遮蔽を強化するための首脳会議に過ぎなかった。
 どう見ても原発は、石油の無駄遣いにしかならないのにも関わらず、この期に及んでもまだ原発を推進するということは、 やはり近藤さんや槌田さんが言っていた核開発が目的としか考えようがない。 ただの陰謀論には見えない。


<No.498 (2010/11/30)
異様な日本社会 その⑥原爆被爆国の核兵器開発

s-20101130.jpg

2011/05/28 03:44原子力ページ上部へ▲
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