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原発は、(負の防衛力)

 過去記事でも紹介したとおりホームページ環境問題を考えるの管理人近藤さんは、日本を武力で守ることは技術的に不可能と述べている。

 また今年の2月に中古で購入した原発の経済学の室田武さんも著書の中で原発は、負の防衛力であると述べている。

原発の経済学218ページより引用開始
 諸外国の潜水艦などにとって接近しやすい太平洋に面した六ヶ所村に、あえてそのような施設を建設し、反対の声を押し切って操業を強行しようとしている人々の防衛感覚が疑われる
引用終了
 
dengen_area21_0 六ヶ所村 地図
出典:http://www.pref.aomori.lg.jp/sangyo/energy/chisin-kofukin-dengen.html

(原発の経済学 254頁から255頁より引用開始
 結論をいえば、ある国が原発を保有することは、他の国にそれを核兵器として使用する潜在的可能性を与えている、ということである。つまり、Aという、たとえ核兵器をもっていない国であっても、それがBという国の地理的に固定した標的である原発に照準を合わせてミサイルを発射すれば、そのミサイルに核弾頭がついていなくとも、B国の原発は、B国それ自身を破壊する核兵器として機能しうるのである。もちろん、このことは原発だけでなく、原水爆についてもあてはまるわけで、C国の原水爆の保管場所にたいしてD国がその安全装置をこわすだけの攻撃をかければ、C国の原水爆はC国自身を破壊する兵器になりうる。
 したがって、原発や原水爆は、それを保有する国の防衛力を強める武器ではなく、それを弱める、いわば負の防衛力であることがわかる。とくに広島、長崎という悲惨な体験をもつ日本の場合、かりに防衛力の増強が必要なら、その第一の課題は、原発の廃絶であろう。これをぬきにしていくら戦車や戦闘機の数をふやしても、その保有国の自滅のための最終兵器である原発やその関連施設の事故による爆発、あるいは外国からの攻撃という意図的な爆発の前には、それらは無に等しい。より正確にいえば、無というよりマイナス効果をもつ。自国が、核武装の準備というよりはむしろ核自滅の準備というにふさわしい原発を一九九二年四二基も運転していることを問題とせずに、世界の核兵器保有大国に軍縮をよびかけたりしても、たいした効果は期待できないであろう。

引用終了

 ◆では、上記で引用させていただいた核兵器を持っていないA国を日本に置き換えて考えてみたい。

 中国や北朝鮮あるいは、アルカイダが、日本という国の地理的に固定した標的である原発に照準を合わせてミサイルを発射すれば、そのミサイルに核弾頭がついていなくとも、日本の原発は、日本国それ自身を破壊する核兵器として機能しうるのである。

 まさしく原発は、自滅核兵器であり日本の原発推進派のやることは、攻撃してください。と言わんばかりの愚行である。

 ついでに度々お世話になっているホームページ環境問題を考えるの2006年の4月2日の過去記事で近藤さんは、原子炉とは『自殺用』の動かぬ核弾頭なのです。と述べている。



原子炉とは『自殺用』の動かぬ核弾頭なのです。プルサーマル化はプルトニウム核弾頭を持つことに等しいのです。ひとたび不幸にも戦争状態になれば、原子炉は最も優先度の高い攻撃目標になることは明らかです。原子力発電所は準軍事施設なのです。原子力発電所を保持する限り、軍事力によって日本本土を防衛することなど不可能なのです。



◆今回紹介した室田武さんの負の防衛力論も、2006年時点での近藤さんの自殺用の動かぬ核弾頭論も、良い意味で、口調が違うけど内容がほぼ同じの良意見だと思う。
2011/12/23 02:10原子力ページ上部へ▲
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