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パンドラの箱パンドラの箱うるさいな!

 近年パンドラの箱を開けてしまったという風な比喩表現を使う人が多いけど自分は、あんまりパンドラの箱パンドラの箱と聞いていたらイラついてくる。

 最近パンドラの箱で特にイラついたのが、なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門 という著作権に関する書籍の137頁の 人はデジタルというパンドラの箱を開けてしまった という見出しである。
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 ◆さすがにパンドラの箱を使い過ぎだと思った
自分は、デジタル技術のお蔭でIPODのような場所を取らずに沢山の音楽が入って音もまあまあ良い機器が出来て12cmもあって大体において70分以下しか音楽が入っていない場所取りで荷物になるCDを持ち歩かなくても、良くなったことは、素晴らしく デジタル技術をパンドラの箱呼ばわりしたのは、ちょっとイラッと来た。
 とは言えこの本の著者である岡田斗司夫氏の視野は広く ”評価経済社会”の考えはたいへんすばらしい。
 自分は過去記事で応援したい人には、喜んで金を払いたい。しかしCDという60分程度しか入っていない場所を取る12cmの円盤はいらない。 だから 振り込みが出来るようにしてくれと言う風にいった。

関連過去記事
金を払って本を買うと言う行為には、(応援)の意味が込められている。

3.11:「原発」がパンドラの箱なら、パンドラはだれ?

するとパンドラは、
「あなたが箱を開けてくださらなければ、わたしは死んでしまいます」
と、言い出したのです。
 そこでエピメテウスは仕方なく、兄との約束を破って箱を開けてしまいました。
 そのとたん、箱の中からは病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなどのあらゆる悪が、人間の世界に飛び散ったのです。
 エピメテウスがあわててふたを閉めますと、中から弱々しい声がしました。
「わたしも、外へ出してください・・・」
「お前は、誰なの?」
 パンドラが尋ねると、
「わたしは、希望です」
と、中から声が返ってきました。
 実はプロメテウスが、もしもの為に箱に忍び込ませておいたのです。
 こうして人間たちは、たとえどんなひどい目にあっても、希望を持つ様になったのです。


パンドーラー(古典ギリシア語:Πανδώρα)は、ギリシア神話に登場する女性で、神々によって作られ人類の災いとして地上に送り込まれた。人類最初の女性とされる。


 ◆パンドラの箱の本家であるギリシア神話のパンドーラーとは、女性であることも知らなかったしこんなに美人だとも予想もつかなかった。

パンドラの箱には、希望もあるらしいけど、災いだけでなく希望も残された本来のパンドラの箱と違い災いしかもたらさない原発を同列に扱われるのは、苛立ち(いらだち)を感じる!
  つまり原発推進派どもは、パンドラですらない!!

パンドラの箱には、希望も残されていると言う意味なら、デジタル技術をなるべく場所を取らず沢山の思い出を残すと言う希望の意味でのパンドラの箱なら そんなにイラつくこともないような気がしてきた。 
関連過去記事
デジタルカメラも場所を取らずに、沢山の思い出を残すのに、素晴らしい機器である。
滅多に見ないけど捨てられない最も分かりやすいものは、(思い出の写真)
紙の本は、素晴らしいけど、場所を取る。と言う問題を現代の技術で解決出来ないだろうか。
6畳の部屋には、(6畳という広さ)の限界がある。


「一人でも多くの人に、パンドラの箱に対する 誤った先入観の誤解が解かれていくことを願う。」 本来のパンドラの箱には、希望も残されているのだということを

↑と思いきやこんな情報も
パンドラの箱の底に入ってたのは希望なんかではなかった。


パンドラの箱って知ってますか?
リバースドです。

それを開けたから、世界に厄災が散らばったと言われています。

焼きたてジャぱんでは白菜が飛び出してましたが…


で、箱のそこにはゴボウ…ではなく希望が入っている、と言われていましたが、どうやら真実は違うようです。


底に入っていたもの、それは


未来すべてが分かってしまう厄災…なのだそうです。

え?それって厄災なの?って言われそうですね…予知能力ですよ?欲しいと思いませんか?



◆しかしパンドラの箱の底に入っていたものは実は、希望ではなく厄災だった と言うのはどこで仕入れた情報なのか出典がない。
 少し調べてみた。

「パンドラの箱」には希望が残った。とありますが、
私が以前読んだ本には、「未来を見通す力」が残ったとあった気がします。


↑恐らくこのヤフー知恵袋の質問かまたは、こちらの質問者が読んだ本が出典なのだろうと思う。

 昔ばなしの本には、同じ話でも違う人によって絵本が書かれている場合も少なくないので、当然書き手によって様々な原作の解釈の違いや脚色が生まれて来るのだろう。

 分かり易い一例
桃太郎で画像検索をすると 様々な人が書いた桃太郎の絵が出てくる。 
 
2011/12/26 14:08怒りページ上部へ▲
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