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あれから一年

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被災地より、東日本大震災から一年


 ◆あの運命の自然災害から早くも一年が過ぎてしまった。

一年前の今日、仕事から帰って来て、物凄く眠かったので、パソコンを付けたままこたつで数時間昼寝をしてしまった。
 夕方、起きてYahoo! JAPANに行ってみると、本日地震がありました。と言うお知らせがあり、震度7と聞いて、あの阪神大震災並みの巨大地震なのか!? とびっくりした。

 1階に降りてみると家族は、ニュースを見ており国会議員が作業服姿で会見をしていた。

 鈍い自分は、その時は、まだ原発の事を考えていなかったけど、夜になって原発のことを懸念する書き込みを見て、その時初めてもしかして凄い原発事故があったのか?と 原発のことを考えるようになった。

 また、表現の自由に関して、自分の知る限り一番表現の自由の本質を理解している十野宮詩悠さんも宮城県に住んでいたはずだ。無事なんだろうか。と心配になって来た。

幸い当日中に命は、無事であることなら分かったけど

 南三陸町で防災無線で住民に避難を呼び掛けて津波に巻き込まれ亡くなられた遠藤未希さんのことを初めて知ったのは、実は昨年の9月10日頃、あの日から半年と言う節目で震災を振り返っていた頃だった。
 彼女の功績に対しては、自分でも涙した。


 当然、岩手県は知っており、2008年に北海道に行くときに通過したことならある「その時東北自動車道から見えるきれいな形の山が気になり後になって名前は、岩手山であることを知る。」けど、陸前高田市と言う街があることを初めて知ったのは、震災がきっかけだった。 
 今年の1月、阪神大震災から17年の節目を迎える頃YOUTUBEで陸前高田で検索すると、20年程まえにつくられたという心の中の風景と言う歌を知った。 歌声も優しく、震災前の陸前高田の様々な思い出の写真にも涙した。

 本日は、自分でもなぜだか黙祷を捧げたいと思い
今日は、独りは寂しい、 きっと震災関連の行事が行われているはずだと思い、独りで街に出掛けた。

 町の行事に出演していた人も、あの南三陸町の遠藤未希さんのことを語っていた。
 いよいよ14時46分黙祷の時、自分は目を閉じてネットで見たあの恐ろしい津波の動画のことを思い出していた。
 今日は、震災から1年と言う節目だからいろんなイベントがあるけどイベントが終わった後は、物凄く寂しくなってまた風化することを東北の人は、恐れています。 
 と言う風な話も聞いた。

 忘れるわけないだろ!
なぜなら本当に怖いのは、これからでありこのままでは、西日本に住む自分たちも、政府の人災で殺される危険性があるのだから。

 3月11日と言う節目を過ぎようが、次の人災で自分たちが殺されないようにする為にも、東北の震災は、もちろん、幸い死者は、出なかったものの活断層がなくても、地震は発生するという事を思い知らされた2000年10月6日に発生した震度6強の鳥取県西部地震も忘れる訳にはいかない。

 震災で無念の死を遂げられた方々に、追悼の意を捧げます。
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