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27歳にもなって?

http://news.livedoor.com/article/detail/3019943/より
[道交法違反]中学教諭、ドリフト暴走 「ストレス発散」
 「ドリフト走行」と呼ばれる集団暴走をしたとして、大阪府警交通捜査課と住之江署は7日、道路交通法(共同危険行為等禁止)違反容疑で、男15人を逮捕したほか、男女43人を書類送検したと発表した。暴走には、同府柏原市立中学校の男性教諭(27)=奈良市=も加わっていた。教諭は「ストレスが発散できた」と供述。書類送検後の今月5日付で依願退職している。


 元教諭らは昨年7月1日深夜から2日未明と8日深夜から9日未明、大阪市住之江区で、車体を横滑りさせながら高速で交差点を曲がるドリフト走行で暴走、危険を生じさせた疑い。現場周辺は毎週末の夜、約100人の見物人が集まり、50~60台の車がドリフト走行を繰り返していた。


 柏原市教委によると、男性は数学を担当。調べに「生徒や同僚との人間関係に悩んでいた。ストレスが発散でき、その快感が忘れられなかった」と話し、7~8回、暴走したという。【田辺一城】


 ■教師が、走り屋をやって警察に検挙されたという。
教師は、悪いかもしれないけど、この記事ではこの教師をそんなに叩くつもりはない。

 このニュースに対してネット上でいくつもの教師を叩く意見を僕は目にした。

 そのなかの一つについて僕は、ここで批判したいと思う。

「27歳にもなってまだこんなことしてんの? オレは、ドリフトは22歳で卒業した。」という意見を聞いて非常に腹が立った。

 僕は、こういう元走り屋が大嫌いである。
この記事は、道路交通法を許せない善良な一般市民としてではなく、走り屋肯定派の僕として、「元走り屋」を非難したいと思う。

 なぜかと言えば僕は、19歳の頃から走り屋に興味があったのだが、今まで走り屋は、例え暴走するとしても一般車に出来るだけ迷惑をかけずに走るという心がけをしていない走り屋が大半だったと思うからだ。

 そのおかげで、今では全国の大半の峠道が走り屋対策がされて走りにくくなってしまった。

 主に中央線にキャッツアイと呼ばれる道路鋲が設置されたり、ゼブラゾーンと呼ばれる縞模様の減速帯がペイントされたりしている。
 ドリフト雑誌などでは、○○峠は、センターラインに大きなキャッツアイが出来て走れなくなってしまいました。という読者からの投稿もあった。

 ただ、この程度ではそんなに落ち込むこともないと思う。
中央線をはみ出さずに走れば道路鋲を踏まずに住む。

 他にも、中央線にプラスティックポールが立てられる場合もある。
道路鋲とポールが同時に建てられている場合もある。 
 
 もっと凄い場合は、中央線にコンクリートの中央分離帯やガードレールが設置されている場合もある。
 さすがにあれば、威圧感を感じる。

とはいえこれも、中央線を割らない範囲でスポーツ走行は出来ると思う。
 

 しかし、これは本当にやめて欲しいという走り屋対策もある。
頭文字DというAE86という旧型車が活躍する漫画で有名になった群馬県の榛名山「漫画では秋名山になっている。」や赤城山ではとんでもない走り屋対策がされてしまい気持ちのいいスポーツ走行は出来なくなってしまったと思う。
 実際に僕も赤城山と榛名山を見に行って見た。
凄かった。 ネットで見たとおり路面は、波状舗装されてしまっていた。
榛名山 こんな路面は危険だ。 元に戻しなさい



 これは、従来からある縞模様の減速帯とは意味が違う最初は、この波状路面は、減速帯のようにバタンバタンと鳴るかと思えばそうはならなかったが、緩やかに車が揺れる感じだ。
 船が波を行くような感じに似ていた。

 これは、タチが悪い。 下手したら車酔いしてしまいそうだ。
走り屋対策とは言え、これはやり過ぎだ。
 これは、走り屋に限らずバイクでツーリングする人にも危ないと思う。
 僕はバイクは殆ど乗ったことがないのだが、バイクはクルマよりも段差の衝撃を受けると聞いたことがある。
 多分それはありえそうだと思う。

 赤城山や榛名山は波状路面にされてしまったことにより、気持ちのいいドライブは出来なくなり気持ちの悪いドライブさせられることになってしまい真に残念である。
 この波状路面ははっきり言って失敗だ。
これは、元の路面に戻して欲しい。
 この路面は、一般の人からも苦情が出て元の路面に戻されるという話を某ホームページで聞いたが審議はさだかではない。
 しかしこれも2003年に見た話であり2005年12月赤城山に行ったときも波状路面は直されていなかった。

 もう一つ、カマボコ型の大型段差もかなりタチが悪い。
中央線ではなく、普通に正々堂々と路面にカマボコの段差が設置されてしまいこのカマボコは踏まないと進むことは出来ない。

 かまぼこ段差 これは凶器になる


 行政も走り屋対策とは、いえとんでもないことをしてくれる。
走り屋でないツーリンググループにとっても非常に危険だ。

 
 今まで大半の走り屋連中は、俺らが若いうちだけ走れたらどうでもいいのか、なるべく迷惑をかけないという心がけもせず、爆音直感マフラーで爆音を撒き散らしたり、平気で対向車線をはみ出したりしてくれた。
 
 こうしたこともあって走り屋対策が大半の峠道が走り屋対策がされてしまい走りにくくなってしまった。

 これについて当時峠道を荒らしまわっていた走り連中も今では、走り屋をやめて普通に結婚して子供も出来てクルマもミニバンに乗り換えて善良な市民?の一員になっている奴も少なくないんだろうな。
 
 当時峠を荒らしまわっていた元走り屋たちは、このように全国の峠道が走り屋対策がされてしまって走りにくくなってしまったことに対してどう思っているのだろうか?

 前述の「27歳にもなってまだこんなことやってるのか。俺なんか22歳でやめた」とか抜かすような元走り屋には、本当に切れそうになる。

「お前らのせいでな、 中央線を割らない範囲で走る少数派の走り屋も走り場所がなくなってしまったんだよ。  」と言いたい。
 僕ももし話の合う小数派の親友が出来て今より運転が上手くなったとしたらいつかは、中央線を割らない範囲で赤城山や榛名山をスポーツ走行したいと思っていたが、多分あんな波状路面ではスポーツ走行は出来ないだろうな。

これについて前述の元走り屋は、「もうオレ走り屋飽きたからオレには関係ない。」と思っているかもしれない。 今では多分ミニバンに乗っているのだろう。
 
 かつて峠道を直感爆音マフラーで騒音を撒き散らし、平気で対向車線を割って走行した「元走り屋」達も20代前半か半ばでドリフト族を卒業して、今では、ミニバンに乗る善良な一般市民として「いい年こいてまだ走り屋なんかやってんのか」と分かったように、善良面して「走り屋を叩く側」になっているんだろうな。 

 俺らが若いうちさえ、ドリフトが出来たら後は峠道に波状路面が出来ようが、かまぼこが出来ようが後はどうでもいいという連中は、最初から走り屋なんかやらないで欲しい。

 僕みたいな少数派の走り屋肯定派にとっても迷惑だ。
僕は、19歳の頃知り合いから教えてもらった「頭文字D」という漫画をきっかけに峠道を疾走していく走り屋に興味を持つようになった。

 自分もいつかは、走り屋になりたいと思いながら、もう25歳を迎えて数年が経ち後数年でなりたくない30歳を迎えてしまう。

 19歳で走り屋に憧れ、20代後半になった今も走り屋になっていない。
 僕の場合は、一応後先を考えている。
走り屋にはなりたいんだけど事故になるのが恐くてどうしてもブレーキを踏んでしまう。
 今まで走り屋の真似事みたいなこともした。
20代前半の頃は、軽自動車で交通事故も起こしてしまいその軽自動車は廃車になってしまった。
 2000年から事実上、親の情けがねで購入した3代目プレリュードというカッコいいスポーティカーにも乗っていたが、若気の至りで乱暴な運転をしてしまい空ぶかしとかホイールスピンとか嫌な走り屋の真似事をしてエンジンに負担をかけてしまいエンジンがおかしくなってしまい、2002年の2月プレリュードは路上でエンジンがいかれて動かなくなってしまいJAFを読んで泣く泣く廃車にしてしまった。
乱暴な運転でエンジンがいかれてしまい泣く泣く廃車にしてしまったプレリュード 


 

 親からも怒られてしまった。
 僕は、今まで2台の自動車を廃車にしてしまったという苦い過去を持っていて、それもあってか今のインテグラは、ぼろいけどちょっとのことで廃車にするつもりはなく長く乗るつもりである。
  実に抹消したい過去である
 

 確かに僕は、20代前半の頃無駄に馬鹿なことをした。
しかし当時でも一応は、後先を考えていた。
 走り屋には憧れていたけど、一度軽自動車で事故を起こしているので、クルマを大破させたくないのはもちろん自分の下手な運転で絶対に人を巻き込みたくという自制心が働いていたのか峠道で走り屋の真似事をしようとしてもカーブが来ると恐くてブレーキを踏んでしまう。

 30を超えても走り屋をやっている人もいるらしいが最近では逆にそういう人がかっこよく見えてきた。

 18歳で免許をとって、22歳で走り屋を卒業して今では善良市民の一員として「いい年こいてまだ走り屋やってんのか」とか分かったような偽善良市民なんかよりも30を超えても走りに情熱がある人の方がカッコいいと思う。
 確かに見た目では20代前半の走り屋が若くてカッコいい。

しかし若いうちさえ走れたら後は、カマボコが出来ようが、波状舗装が出来ようが俺らには関係ないとか抜かす元走り屋なんかより、考えのある走り屋だと思う。
 人によっては、30歳を超えても見た目が若く見える人もいるし、30歳を超えても見た目がカッコいい人もいる。
 そのかっこよさに加えて年をとっても若い気持ちを持っているというのが僕には、かっこよく見える。
 
 30歳を過ぎても走り屋を続けているということは、若いうちさえ走れたら後はどうなってもいいという「元走り屋」とは違い、走り屋の姿を後世に残したい人だと思う。

 僕は、19歳から走り屋に憧れ20代後半になってもまだ走り屋デビューは出来ていない。


 最近は、スポーツカーが売れなくて寂しいと以前僕は、記事を書いた。
 http://zinruisaimetsubou.blog45.fc2.com/blog-entry-118.html

 前にも書いたとおりスポーツカーが売れず皆がミニバンに走っていくのは、本当に残念に思っている。
 しかし、走り屋ブームが去って、走り屋の人数が減るということは、まことに歓迎すべきだと思っている。 そもそもあんなことがブームになることが異常だったかもしれない。

 今回なんどもしつこく書いたような、「オレらが若いうちさえドリフトが出来たら後は峠道がどうなろうがどうでもいい」と思っている「元走り屋」やブームの勢いだけで、ドリフト族をやっていた元ドリフト族なんかは、最初っから、走り屋なんてやって欲しくなかった。

 今だけ走れたらいいという後先を考えない走り屋さえいなければ、全国の峠道がこんなに走りにくくなることはなかったと思う。 

 
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