スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「俺たちの意に沿うように「自主的」に努力しろ。じゃなきゃ努力義務違反ってことで「指定」しちゃうよ」 ?

 ◆最近久しぶりに田中大也さんのブログの懐かしい過去の記事を読んでいる。
今回の記事は、殆どコピペだけど、最近当ブログは、自主規制のおかしさを指摘することも怠っているので、自主規制関連の記事を書く前の準備運動のつもりでもある。


2007-12-12 23:36:59

「有害」の名のもとに行われるメディア統制




何度も言うようですが、そもそも、表現関連における「有害」とは、違法ではないものに貼られるようになったレッテルです。しかも、メディアによって何らかの犯罪が「助長」、「誘発」されるというような、メディア悪影響論は、今や完全に論破されています(かつての日本と現代の日本での犯罪発生率を比較したり、国家間の犯罪率を比較すれば一目瞭然です)。つまり、ある種のメディアが「青少年に有害」だと断ぜられている現状と言うのは、明らかに、「有害」という単語を持ち出し、青少年への情報を規制すると同時に、鼻持ちならない情報を社会から隔離、排除しようとしている法律作成、運用者の意志が強力に関与しているものだと言えるでしょう。

そして、今回の法案は、これまでも統制的な効果を発揮してきた「有害図書」等々の基準を法制化し、更にその実効力を強めていくものです。実害のない情報を「有害」として、封鎖を行ってきたわけですから、これまでのやり方でも、憲法的な観点からすれば、不当な印象を受けるのですが、法制化されたとすれば、そうした規定が「正義」として極めて覆し辛いものになっていくでしょう。

この問題は、単に(規制する側が言うような)、青少年健全育成がどうの、という部分だけでは判断できる種類のものではありません。「有害」というレッテルのもとに、青少年に入ってくる情報が統制されるばかりか、レッテルを貼られた情報が市場において隔離、排除されていきます。そして、国の「有害にしたい」という意志が強く反映されることは、彼らにとって都合の悪い、あるいは鼻持ちならない情報が、どんどんと制限されていくことを意味します。

別の記事において、

以下引用

指定以外でも、業者の自主判断で不適切な内容であることを表示し、販売を自粛する努力義務も明記する。

引用ここまで URL http://mainichi.jp/select/seiji/news/20071212k0000m010118000c.html

と、俺たちの意に沿うように「自主的」に努力しろ。じゃなきゃ努力義務違反ってことで「指定」しちゃうよ」

みたいな意志が透けて見えるようなあんまりな条文が付け加えられようともしています。現在十八禁とされているアダルトコンテンツは、摘発を回避するために、「自主的」に、従来よりも遙かに制限された販売ルートを選ばざるを得ないでしょうし、今指定されていない種類のものであっても、「もしかしたら」、「万が一」を防ぐために、制限された販売ルートを選択したり、作品の表現基準を、従来よりも厳しいものにすることも十分考えられます。市場的なデメリットと、書き手、読み手に制限がかかることによって、表現の自由と知る権利が、根本的に侵害されようとしていると言ってもいいかも知れません。

しかし、書けば書くほどあんまりな法案ですね。「有害情報」というレッテルによって本当に守られているのが青少年ではなく、規制したい人たちの「合理性」なんだということが、これ以上ないほどはっきりしてしまったような気がしてなりません。



 ◆漫画、アニメ、ゲームが有害「影響されて被害者のいる犯罪に走る」だという科学的根拠がないにも関わらず、表現規制推進派が自主規制しないから規制されても仕方ない。

 とほざくのは、結局



オレ達の嫌いな表現を自主規制しなかったら、規制されても仕方ない。


と言うだけのことである。

2012/10/12 22:38自主規制ページ上部へ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。