学校はいるのか?

 僕は学校制度に疑問を感じることがある。
学校は存在する必要があるのだろうか?と

 勉強するために必要という意見もある。 確かにそれも一理ある。
学校の勉強は無意味とは思わない。 必要な勉強もあることは間違いない。

 しかし、学校に行かなくても勉強する方法はあるのではないのか。
わざわざ仲良くなれない人と同じ教室で勉強する方法があるのかと疑問に思い始めた。
 また近年日本の学校もおかしくなっていき「君が代」を強制したり例の「教育基本法改悪」が強行採決されたりしてしまい、今後ますます学校の存在意義は下がっていると僕は思う。

 学校に行かなかったら「オチこぼれ」のレッテルを貼って近所で白い目で見たりすることはそれこそいじめではないのか!!

 他にも去年の3月では奈良県に不登校を補導する条例でも出来てしまい近年ますます少数派の子供達の人生が脅かされようとしている。

 自殺は個人の自由で時にはその人の自殺を応援したくなることだってあることは前にも書いたけど、本当は行きたい、いじめがなければ生きたいと思うのであればその少年、少女達はどうか自殺しないで欲しい。

 君が死ぬぐらいなら君が少数派だからという理由だけでいじめた奴が死んだ方がましなのだから。

 僕はいじめを我慢してまで学校に行けという大人たちが許せない。

いじめられる方が悪いとかわけの分からんこと抜かす奴もいるけどそういう奴らは、自分達のふがいなさを正当化しているに過ぎない。

 君が代強制など近年の右傾化により少数派の子供達がストレスを我慢させられ更には自殺にまで追い込まれる状況が続くようなら学校制度なんて廃止させられて欲しいと思ったりもしている。

 学校の存在意義についても大分前から書こうとしていたけど、文章の書き方が下手で上手い書き方が見つからずに悩みだらだらしているといたずらに2007年もはや3月の半ばにきてしまった。

 しかし僕は、学校のいじめで自殺というニュースを聞くたびに義務教育に怒りを感じるし、もちろんいじめるほうが圧倒的に悪いが軽々しく自殺する少年少女にも腹が立ってしまう。
 いじめがなかったら生きたいのなら自殺なんかせずに逃げてもいいから別の場所ででも楽しく生きて欲しい。
 少数派だからと言って君をいじめる奴が命をなくすのはいいけど君らは逃げてでも人生を楽しんで欲しい。
2007/03/15 02:30学校ページ上部へ▲