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図に乗り過ぎ 青少年条例

 拙著『いじめと現代社会』(双風舎)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4902465108/sofusya-22/250-4320222-3036266
77ページ~81ページ
より

「青少年条例とは何か?




 青少年の保護育成を目的として、全国の都道府県(長野県以外)は「青少年条例」を制定しています。内容は自治体ごとに多少異なります。では、青少年条例とはどんな条例なのでしょうか。以下、「こんなことが、いつでも起こりうる」と仮定したうえで、話を進めていこうと思います。

■こんなことが起こるかもしれない……

 いま、日本のほとんどの都道府県で、二〇歳以上の人が一八歳未満の人と性的パートナーになると、犯罪者にされてしまいます。
 たとえば、一七歳の花子さんと二一歳の太郎くんが、たがいに惹かれ合って、男と女として付き合っていたとします。太郎くんは大学生で、花子さんの部活のOBです。花子さんは太郎くんのことが好きだし、太郎くんは花子さんのことが好きです。自然な感じで、性的にも交わっています。おたがいに好きだから、自然に身体が触れあいます。
 花子さんは一二歳のときに生理がきて、それから五年間たっています。小学生のころから、男の子とデートをしたり、プレゼントを交換したりして、すこしずつ仲よくなるすべを身につけていきました。中学生のときにキスをしたことがありますが、それ以上のことはありませんでした。
 ふたりとも楽器をやっていて、ジャズが好きなので、よくふたりでコンサートに行きました。ジャズコンサートは夜遅く始まります。太郎くんとデートをするようになってから一年目ぐらいのときに、ふたりは性的に交わりました。ふたりとも性交渉は今回がはじめてですが、自然に時が満ちてそうなったと感じています。もちろん避妊はしっかりしました。
 いまの時点で結婚するとかしないとかは考えていません。むしろ「結婚決定ならセックスする。それ以外はしない」というのは、金品の授受(売買春)のようで嫌だなと、太郎くんも花子さんも思っています。付き合いを楽しみながら、自然にきずなが深まる流れに身をまかせていました。たまたま花子さんのお父さんが、太郎くんを嫌っていたかもしれませんが、そんなことはよくあることです。
 ある日、突然、太郎くんは警察に逮捕されてしまいました。青少年条例の「淫行」処罰規定によって、太郎くんは犯罪者にされたのです。また、深夜に未成年を連れ出したことも犯罪とされました。
 さらに花子さんも警察署に連れて行かれました。警察署に「来い」といわれたのです。ものすごい勢いで警察官に「来い」といわれて、それが任意(行くのも行かないのも本人の自由)だなどとは思いもよりませんでした。花子さんは警察官に拉致されたように感じました。
 花子さんと太郎くんは引き離されて、警察官に取り囲まれ、露骨なハラスメント(嫌がらせ)を受けました。警察官は、太郎くんと花子さんの性的な行為について、露骨に「ああしたのか、こうしたのか」と、言葉によるセクシャル・ハラスメントを繰り返します。ラブレターを押収し、読み上げて「あのとき○○をこんなふうにしたのか」などといってきます。
 太郎くんは「犯罪捜査」として、花子さんは「青少年健全育成のための補導活動」(教育)として、こういうセクハラ虐待を受けました。
 花子さんはその後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になって精神科に通院しています。突然、警察官に拉致されて青少年健全育成活動(=セクハラ虐待)の被害に遭い、彼氏が犯罪者にされてしまったのです。

■道徳と法が分離しない野蛮な状態

 一七歳の女性と当たり前に交際している二一歳の男性が犯罪者にされる日本の人びとは、もはやお茶の間で北朝鮮をバカにすることができません。一言でいえば、道徳と法が分離しない野蛮状態に、日本社会が陥っているのです。
 最近、この野蛮さはエスカレートしています。大阪府では二〇〇六年二月、ついに一八歳未満の人と二〇歳以上の人が夜遅く一緒にいただけで、二〇歳以上の人が警察に逮捕されて犯罪者にされてしまう条例ができました。
 さらに奈良県では二〇〇六年七月に、青少年が学校にいないで外にいるだけで、警察に補導されてしまう条例(少年補導に関する条例)ができました。学校に若い人たちを強制収容すること自体が、奴隷的な扱いです。義務教育は、社会が青少年に教育を受けるチャンスを提供する義務であって、青少年に対する通学の義務ではありません。学校に強制収容するなど、もってのほかです。この条例が成立したことで、警察力によって通学が強制されるようになったのです。
 どうすればよいのでしょうか。まず、大阪府と奈良県で、この条例を立案し、賛成した議員たちの名前を大々的に公表し、次の選挙で落選させることです。でも大阪府や奈良県の人びとが、そういう議員に票を入れてしまうかもしれません。民主主義の多数決の結果だから、未成年と一緒にいただけの青年を刑務所に入れたり、学校に行かない青少年を警察がとっつかまえたりしてもよいのでしょうか。
 いけません。たとえ民主主義であっても、やってよいことと、いけないことがあります。人権の侵害は、民主主義であってもしてはいけないことです。たとえば、民主主義によって選ばれた政権が大量虐殺をした場合は、国連決議に従って軍事介入をしてもかまいません。民主主義による国家の主権よりも人権のほうがたいせつだからです。
 もちろん、国家間の話と大阪府や奈良県の話を混同できません。でも、せめて、北朝鮮の人権侵害や中国の言論弾圧が指導者の顔写真と名前付きで報道され、非難されるのと同じように、大阪府や奈良県の議員や有権者がメディアや人権団体から非難されるようにするべきです。

■未熟なのは青少年ではなく年配者である

 さて、彼氏が警察に逮捕され、自分も補導された花子さんの話に戻りましょう。その後、花子さんのお父さんがふたりの関係について、警察に通報したことがわかりました。
 おとうさんは、いつも子どもが親の思いどおりにならないことを、憎々しげに思っていました。酒くさい息で、「昔は、子どもは親のいうことを聞いたものだ」とか「おまえは誰に飯を食わしてもらっているんだ」と花子さんにいやみをいってきます。学校にいけば「先生、ビシビシ叱ってやってください」といっているし、最近では「そんなことをしていると、警察に補導してもらうぞ」と花子さんに対してすごんでいました。
 つまり、お父さんが、子どもが思いどおりにならないことを恨んで、警察を使って復讐したのです。いままで花子さんは、お父さんのことを「こまった人だ」と思っていただけでしたが、この事件で花子さんとお父さんの絆は完全に切れてしまいました。お父さんはいまでも「おまえがいうことを聞かないから、警察に通報したんだ」といっています。
 これまで述べてきた青少年条例の背景には、この花子さんのお父さんのような、年配者の歪んだ憎悪があります。青少年条例は、未熟な青少年の問題ではなく、未熟な年配者の問題です。そして、彼らをあおり立てる悪質な青少年ネガティヴ・キャンペーンの問題でもあります。
 人間がおとなとして成熟するということは、どういうことなのでしょうか。それは、他人が自分の思いどおりになるとは限らないことや人それぞれが独自の生を生きているということを、ゆったりと体感できるようになることです。他者を思いどおりにならない不透明なものとして認めたうえで、折り合いをつけていくのがおとなです。その意味では、青少年条例は、他者の不透明さに耐えられない未熟な年配者たちの姿を、くっきりと浮き彫りにしています。
 夜間に青少年が家にいないと耐えられない。青少年が男女交際をするのが耐えられない。青少年が学校をいやがって行かないと耐えられない。青少年が自分の思いどおりにならないと許せない。憎い。不安だ。落ち着かない。その不全感がたまらない。「だから」警察に逮捕させよう……。この「だから」と考えることが、信じられないくらい幼稚だといえます。この幼稚な年配者たちから、青少年を守らなくてはなりません。」