FC2ブログ

2050年は江戸時代を読んで

2050年は江戸時代
2050年は江戸時代―衝撃のシミュレーション 2050年は江戸時代―衝撃のシミュレーション
石川 英輔 (1998/06)
講談社

この商品の詳細を見る


2050年は江戸時代という本がある。
僕はアマゾンで中古で買って読んでみた。 僕は、今の文明生活を否定しているのではなく、パソコンをやったり、たまに自動車で遠出をしたりと言う、今の便利な生活を維持したいという考えなので、この本の全てに賛同しているわけではないけど、参考になる部分も結構あった。

 この本では、2050年の時代 昔を振り返る部分がある。

 例えば、昔は大量に使い捨てされていた。と2000年代初頭を振り返る場面がある。

 クルマも必要な分だけつくればいいものを、生産のために大量につくると昔を嘆く部分もあるけどこの部分はかなり参考になると思う。

本当は、自動車は、必要な分だけつくればいいのに、わざわざメーカーは数年に一度新しいクルマを売るために、使い捨てさせるのは本当におかしいと僕は思う。

 (引用 37ページより)
50年ほど前までは、捨てるほどたくさんの自動車を日本でも作っていたなんて、ちょっと信じられません。
 「中略」
(43ページより)
 「でも、もう一つよくわからないのは、なぜ、昔の人は、こんな山の中まで捨てに来なくてはならないほど大量の自動車を作ったかということです。
 必要なだけ作って大事に使えばずっと安くつくだろうに
 だって、役場のあのトラックなんて、ぼくのうまれる前にできたのに、手入れがいいから、三十年もたった今でもちゃんと動いていますよ」
 (中略)
44ページより
 <でも、ぼくたちが知りたいのは、そういう一般論ではなくて、涸谷へ何万台も捨てなくてはならないほど自動車を作った、その本当の理由なんです」

 「大量生産すれば、安くできるからさ」
 「でも、安いともうからないでしょう」

 「うんと作るから、数でかせぐのさ」
 「それなら、少し作って高く売れば、同じじゃないですか。何も、
捨てるほど作らなくてもいいのに
 
 「わしにもよくはわからんが、とにかく大量生産するために大きな工場を作るだろう。 そうすれば、その工場をなるべく長い時間動かしておかないと利益が出ないから、できれば一日中動かしておこうとする。 結局、うんと自動車ができてしまうんだ。
わしの子供の頃は、もうずいぶん落ち目だったが、ひと頃の日本は世界一の自動車生産国だったそうだ。大きな工場で大量生産して安く出来たから、世界中に売れた。日本国民二人に一台のわりで自動車を持ってた時代もあるんだぞ。
  そうなると、どんどん作り続けるためには、どんどん売らにゃならん。 
 だから次々に新型を作って、旧型のと買い換えさせた。だから、捨てるほどできたのさ」
 (中略)
「でも、そんなことしていたら、日本中が自動車だらけになって、いずれは行き詰るに決まっているじゃありませんか。おまけに、米だって、二倍の量作って単価を半分にするのなら、骨折り損のくたびれもうけだということぐらい、桃園村の子供にでもわかるりくつだけどなあ」

           (中略)

48ページより
 ある会社が、半値で売り出せば、ほかの会社の製品は売れなくなってつぶれてしまう。 競争相手がつぶれれば、自分の製品はその分だけよけいに売れる。 そうすれば、もっと安くできるからまたたくさん作る。

 そうやって、外国の製品とも競争して勝ったから、なおのこと生産量が増えて、とうとう世界一の自動車生産国になったけれどもっと 生産量を増やすためには、古いのを捨てなくてはならないでしょう

 (引用終了)

 ■以上、上記の台詞は、この本
2050年は江戸時代―衝撃のシミュレーション 2050年は江戸時代―衝撃のシミュレーション
石川 英輔 (1998/06)
講談社

この商品の詳細を見る
 からの引用である。

 今のただ売るためだけの自動車生産は本当に、見直さなければならないと思う。

 この僕の記事を読んで一人でも修理で15万かかるからというだけで、簡単に廃車にする人が改めてくれることを願う。