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 親を殺したいという心理は、そんなにおかしいことだろうか?

 こちらの記事と重複すると思うけど、あっちはあまりにも長文なので、僕の意見として、こちらにも書きたいと思う。

 僕は、親を殺すことを積極的には、肯定しないけど場合によっては、殺されても仕方ない親もいると考えている。

 ■たとえば、勉強ばかり押し付けてろくに遊ばせてくれない親
お受験とも言える、幼稚園受験をさせ落ちると子供につらく怒鳴り散らす親

 もし仮に、今の僕が、今の記憶を残したまま 子供に戻ることが出来たとして、こういう親に生まれてしまったら、こういう親を虐待復讐したいと思う。

 勉強を押し付けたり、大好きなテレビゲームを取り上げて勉強ばかり押し付ける親は、僕は大嫌い。

 僕の親も昔は、いちいちファミコンに文句をつけてきて、一時期は殺したいと思ったこともある。

 特に、ファミコン専用のテレビを隠されたときは、親を刺し殺したいと思った。
 ゲームボーイをこそこそやってるのが、ばれて 「これも要らんか?」といわれたときは、かなり腹が立った。

 幸いゲームボーイだけは取られなかったけど

 僕自身も過去に、親を殺したいと思ったことのある人間である。
でも、幸い僕の親は、高校に入ってからは、ゲームに文句をつけるのも結構ましになり、小遣いも増やしてくれたし
  今では、僕と親の親子関係もまあまあ仲が良い方である。

 たまに昔話をして、あのときのゲームに文句をつけるのは、間違っとったね。と僕が言うと親は、悪かったね。と言ったりする。

 今では、僕が冗談交じりでわざとグランドセフトオートのまねをして 口で「ブーンブーン」と言いながら、素手でチェーンソーで親を切る真似をすることもある。
 一応、今は親とも仲が良いので、過去に親を刺殺しなくて良かったと思っている。
 僕の親は、僕が小さい頃は、本当によく可愛がってくれていたことは、昔の写真を見たら分かる。
 僕がまだ可愛かったときの小さい頃の写真を見ると、僕が火傷しないように、ストーブの周りに金網をしてくれていたのが分かる。
 小さい頃の子育ては、決して悪くなかった。
問題は、僕が小学生になって、小学2年の頃、ファミコンを買ってくれたのだけれど そのうち、段々とファミコンの時間に文句をつけるようになり、土日しかしたらいかんとか言い出すようになり、僕の不満は、大きくなるばかり
 ドラクエとかは、戦闘画面に不満はあるものの本当に面白かったので、ファミコンをやらせてくれない日でもいつもドラクエのことを考えていた。
 家でファミコンが出来なかったので、結局は友達の家でファミコンをやりにいったこともある。「図々しいかもしれないけど」

 僕自身も一歩間違えると、殺人犯になるところだった。 踏みとどまって良かった。
 小学、中学のときの親の育て方は、はっきり言って間違ってたね。
結局、僕に勉強を押し付けようが、三流高校をなんとか卒業した程度の高卒で終わったし

  当然、いい年を迎えた今の僕は、親に何時間ゲームしようが、文句言われないけど、反対に今の僕は、テレビゲームはそんなにしなくなったし
  もちろん何時間もやる日もあるけど
毎日は、ゲームしないし
 やはり、テレビゲームばかり、やるのもなんだか時間がもったいない気もする。
 せっかく 体が動くのだから、外で遊びたいと思うこともあるし

 
僕の場合は、今は一応親と仲が良いので、良かったけど

 子供に軽々しく、暴力を振るう親なんか 殺されたらいいと思うこともある。

 マスゴミで取り上げられる 児童虐待で子供を虐待して時には、殺してしまう親は、僕も特に弁護する気はないけど それだけをただマスゴミに便乗して叩くだけでなく、 子供を束縛することも考え直したほうがいいだろう。

 家出非行扱いして、家出した少年を非行少年のレッテルを貼って、とがめることは、世間一般では正義として、扱われているだろうけど、そもそも 家出を非行扱いして少年をとがめることもいじめにならないのか?と 一度 冷静に考えてみては、いかがだろうか。

 当然、不登校登校拒否した少年を非行扱いする風潮も問題視せず、ただ 父親を殺害した少女を一方的に悪者扱いして、 殺された父親は、一部の落ち度もなかった純粋な被害者のように 扱う報道は、とても冷静な報道とは思えない。
 また、当然、アニメやゲームだけを悪者扱いすることも偏見報道でしかなく、そういう偏見報道こそ 立派な 有害情報であることもはっきりと主張したい。

 ネット上で見たことだが、なかには、 学校に行かないと親に殴られる少年もいるらしい。

 これについて、某偽善者は、殴られるうちが、ありがたいとかほざいていたけど、学校をさぼった少年を殴ってとがめようが、行きたくないというのが、本音であれば、 学校に行かないという生き方「一例としてホームスクールホームエディケーションまたは、フリースクール」もさせてあげればいいのに、ただ学校に行かないのをとがめる親なんてありがたくもない。


 さて、親を殺したいと思うことは、そんなに異常なのだろうか?
したいことをさせてくれず、自分のやりたいことをやろうとしたら、怒鳴ったり、時には殴るなど暴力を振るう親などを殺したいと思うことは異常なのだろうか?

 僕は、そんなに、異常でないと思う。
もちろん、出来ることなら、親殺しはないほうがいいのだけれど、子供をただ束縛して、殴ったりするような親は、子供に復讐されることも覚悟したほうがいいと思う。

 該当する人には、申し訳ないけど 例えば僕だったら、身体に重い障害を持って生まれたら親を怨むと思う。

 また、そういう障害を持った状態で生んでおきながら、殴られたりしたら、今の僕だったら間違いなく殺意が芽生えるだろう。

  子供を生むときは、本当によく 後先を考えた方が良い。

子供に勉強を押し付けてかけがえのない 10代という時期を、勉強で終わらせようという親も場合によっては、子供に怨まれる場合があるということも覚えて欲しい。
 また、場合によっては、生んだことを後悔させてもいいだろう。

 子供を束縛する親は、場合によっては「おいクソ親 束縛してろくに遊ばせてくれんのに よくも わしを勝手に生んだな わしを生んだことを後悔させてやる!!! 」と復讐する少年は、別に異常でないと思う。

 第一、「生んでください」とお願いしたわけでもないのに

 まあ、確かにこの世に生まれてきたいという意思を持って生まれてきた人間は、いないとは、思うけど

 ただ、僕は、自分に非があるにしろ 10代の頃 ろくに異性と遊んでいないので、もう一度 今の記憶を持ったまま 子供として 生まれ変わりたいと願っている。

 一応、僕の友人で親殺し、子殺しは、全部死刑で良い。と言う人もいるけど、それには、同意できない。

 血が繋がっていようが、子供を束縛して、やりたいことをさせてくれないような、親なんか、生んだことを後悔させるような復讐に遭えばいいとも思っている。(もちろん、理想としては、親自身が後に自分の育て方を反省して、改めて子供を遊ばせて仲の良い親子になることが出来たら復讐する必要なんかない。)


 また、血の繋がった生みの親よりも 血の繋がりのない育ての親の方がやさしい場合もこの世には、あると思う。

 もちろん逆の場合もあるけど

生みの親だからといって、親殺しは全部死刑というのは、よく分からない。
 
  この理屈で行けば、虫の蜘蛛
の子供は、死ねにならないだろうか?

 蜘蛛の子供は、生まれてくると、生みの母グモを食べてしまうので

 
2007/10/08 05:00怒りページ上部へ▲
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