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また、学校による悲劇を増やしたいのか?



小学校301時間、中学360時間増=主要教科-新指導要領の審議まとめ・中教審


10月30日18時2分配信 時事通信


 学習指導要領の改定作業を進めている中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の教育課程部会は30日、改定に関する「審議のまとめ」で、国語や算数・数学、理科など主要教科の授業時間数を小学校で301時間、中学校で360時間増やすことを決めた。現行と比べ、小学校約10%、中学校で約12%増。「ゆとり教育」と授業時間削減の反省点を挙げ、学習内容も拡充する。
 1980年度以降、減少を続けた授業時間は約30年ぶりに増加へ転じ、「総合的な学習の時間」を削減して、ゆとり教育からの路線転換が図られる。
 中教審は来年1月をめどに、文科相に答申するが、今回のまとめとほぼ同じ内容となる見込み。文科省は今年度内に改定指導要領を告示し、2011年度から実施する予定。 

最終更新:10月30日20時1分


■こういうニュースを聞くたびに、学校なんて存在する意味あるの?
 と疑問に思ってしまったりする。

 学校そのものをなくせまでは、思わないけど僕は、学校に行くことを強制する義務教育は、ぜひなくしたいと思う。

 学校に行かないと 落ちこぼれ などと 定義されてしまう時点で、 既に、イジメは成り立っている と考える。

 ゆとり教育見直しは、主にネット右翼をはじめとする 勇者国民ども が支持している。

 これからの子供はむごいな。
夏休み も減らされ、週休二日制もなくなると考えると 子供たちは、せっかくの少年時代を自分の信じる良い大学やら、良い会社などのために、耐えるための少年時代という傾向が今よりも強くなってしまう。
 
 学力低下を危惧する世間体、マスゴミなどに対してもなんだか、勉強を子供に押し付ける親に似ているような気がしてならない。

  ただ、日本の学力とやらの順位を競いたいだけではないか!!!

 自分が勉強するわけでもないくせに、今の子供たちに 学力 で良い順位を取るだけを押し付けて 生きるための知識ではなく 学力のための学力になりやしないか。

 更に、これからは、不景気がもっと進み、無駄な税金も物価も上がり、給料の手取りがますます減るに違いない。

 こうなると たとえ、少年時代を自分の信じる良い将来やらのためにささげるために 受験勉強にささげるための少年時代になってしまおうが、将来良い企業に入れる人は少なくなってしまうだろう。
 たとえ、良い大学に入ろうと

 もし日本の子供の学力の順位が諸外国を追い越そうが、それは、ただ ネット右翼をはじめとする勇者国民の自己満足で終わってしまうだけであろう。

 僕は、どうしても少しでも誇りのある子供なら、学校に束縛されない人生を送って欲しい

 僕自身も、一応イジメを受けたことがあるからこそ、学校による同じ悲劇に対して 僕の怨みのように考えてしまう。

 いじめは絶対になくならない。という言葉は、非常に不快で大嫌いだが、多分いじめはなくならないだろうね。

 しかし、そんなに悲観することでもないかもしれない。

 人間というものは、失敗をしながら成長していくものであり、子供時代は、どうしても 残酷なことをしてしまうのは、仕方ないだろう。

 いじめだって、人間の失敗だと考えたら、発生を止めることは不可能だと思う。
 
 しかし、いじめが起こること自体は、仕方ないにしろ、最悪の結果を防ぐことがなにより大切だと思う。 

 いじめの発生を止めることよりも、いじめによる自殺を防ぐことの方が、かなり現実味が高いだろう。
   

  イジメをやってしまったにしろ、人によっては、あのとき酷いことをしたと後で後悔する人も確実にいる。
  僕自身も少年時代、女にちょっかいを出すとか、愚行をやったことがあり、後になって思い出して恥ずかしくなったという抹消したい過去がある。「僕が、女に縁がなかったことは、僕が少数派というよりも、わざわざ僕自身から嫌われるようなことをしていたのが原因だと今では、思うようになった。  子供時代の僕は、女の子と一緒に移っている写真も何枚かある。」 

 イジメの発生を止めることは、人間の失敗の発生を止めると同じぐらい不可能に近いと考えるようになった。
 イジメも起こることは仕方ないにしても、学校という集団に放り込まれることが問題だろう。
 当然、不登校やホームエディケーションという生き方もただいじめから逃げるだけの方法としてでなく、少年の生き方として、学校に行かなくても非行とみなされない、優しい対応が必要だろう。


だいたい 学校という集団の中に、義務教育という権力を使った強制により、子供を放り込むこと自体が異常なのかもしれない?

 子供のイジメはある程度は仕方ないと考えるようになった。

本当に、なくさないといけないのは、公権力によるいじめだろう。

 また、既にイジメとして定義されていないことでも僕は、これこそイジメだと考えることもある。

 義務教育の名の下、学校に詰め込まれている時点で、ある意味、既に行われている犯罪にならない公認のいじめ なのかもしれないし 

 ゆとり教育を否定する勇者国民らや政府らにより学力競争を押し付けられている時点で、既に 子供は、公権力や世間体により いじめに遭っていると考えても過言でないような気がする。

 学校給食も場合によっては、いじめに繋がると考える。
 僕自身も、小学生時代、まずい給食を残していたが、小5になってから、先公は、無理やり僕の口にあのまずい給食を食べさせたことがあるけど、あれこそ、虐待行為 である。  あんなクソまずい給食10年以上経った今思い出しても ムカっ腹 がたってくる!!
  まずくても身体に良い?と考えているかもしれないが、あんなものは、多少身体に良くても、それ以上に 精神的負担 が大きい。
 それに、身体にいいのかも疑問だ。
 脂分を使わず、肉を使わない料理でもあの給食よりもはるかに、おいしい食べ物は、世の中には、たくさんある。
 それにあの給食、たまにカレーピラフに塩の塊があったことがあるぞ!!!
 辛くておいしくもない。 精神的負担も大きい!!!
まさに苦痛の給食。 苦痛の給食を食べるぐらいなら、なにも食べないほうが、身体にも なによりも精神的に楽だ。
  本当!!!! 今思い出しても 小学生時代の給食は、怨みに思っている!!!!
 もちろん、その先公らに復讐しようなどとは、微塵も考えていないけど、今もあんなまずい給食を無理やり生徒の口に入れる教育が、あれば、潰さなくてはならない。
 僕が受けた悲劇を、後世に残して欲しくない。
僕が受けた悲劇を教訓にして、同じ悲劇を繰り返さないことが非常に大切なことなのに、また繰り返されるどころか、ゆとり教育の廃止などにより、子供に苦痛を今までよりも押し付ける教育は、これは、僕も怨むわ!!!!

 去年、の今頃は、いじめ報道が凄かったことは、多くの人が覚えていることだろう。

 しかし、ワイドショーどもが正義を振りかざす いじめた加害者をただ叩くだけの報道は、 いじめの本質を理解していない。

 僕が、これまで当ブログで取り上げてきた いじめとして定義されていない 公認のいじめ を考えることこそ、いじめ問題を緩和する方法ではないか。

 また、心配なのは、既に奈良 補導条例のような、条例により、不登校も取り締まりになってしまうような権力が、国の法律で、行われないかである。

 あれこそ、立派な公認のいじめである。

 学校に行かない少年を 非行呼ばわりする奴などに、去年の福岡県 筑前町で起こったいじめ加害者を批判する資格はない!!!!

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2007/10/30 20:33虐めページ上部へ▲