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U-15モデルまでけなす勇者国民 

  アメリカでも 

2007年02月05日 11時57分00秒
自らのヌード写真をネットに投稿した15歳の少女、性的虐待容疑で逮捕


(引用)
USATODAY.com - Teen girl charged with posting nude photos on Internet

この記事によると、アメリカのペンシルバニア州ピッツバーグで15歳の少女が、インターネット上のチャットルームで会った人々に、自らのあられもない姿を収めたさまざまな写真を送信したことを理由に逮捕されたそうです。

どのような捜査を行って少女を特定したかについては発表されませんでしたが、警察は彼女を特定した上で家からPCを押収し、送信された写真がハードディスクドライブに入っていることを確認したそうです。なお彼女にかけられた容疑は子供の性的虐待容疑、児童ポルノの所有ならびに普及とのこと。

ちなみにペンシルバニア州は過去にも児童虐待小説をネットで発表した女を起訴したそうです。
(引用終了)


  やはり児童ポルノ規制は子供を守るというより 人を取り締まるのが目的と 痛感させられるね

 (2.24追加)なんで自分のヌードを投稿して 性的虐待なのか?  児童ポルノは撮影自体が虐待 というのは 理論が破綻している。  この少女は誰を虐待したの? 自分を虐待して逮捕? 同意で撮影した成人男性でもなく 撮ったのは自分自身 これは 完全におふざけ法規制である。
 速い話、18歳未満の裸は気に要らんから規制しているというのが本音としか言いようがない。 
子供を守るなんてどうでもいいというのが分かる
  
  
  僕から言わせてもらえば この逮捕による被害者は 撮影して悪法で逮捕された少女で 加害者は、 (アメリカ政府)と断言する。

  日本の勇者国民でも  U-15写真集愛好家だけでなく  モデルをも 馬鹿にしていたりもする。

  自分で 着エロを見せたいという女も気持ち悪いと ?
 アメリカ政府のやることも、日本の 勇者国民 と同類で程度が低い。 俺らが18歳にもなってない女の裸は嫌いだから、規制したいという気 違いぶりいい加減 キモイは 反論にならないけど
  

 僕は、自分の裸を見せたいという 18歳未満の少女を軽蔑はしないどころか 逆に尊敬の念を持っている。

  けなされる理由が分からない。  
10代というかけがえのない時期を 自分の信じる 良い大学、良い会社 に入るために 勉強に捧げる人よりも 尊敬出来るのだが

  それに良い大学に入っても 仕事に就かずに 専業主婦になる人もいるけど あれでは何のために良い大学に入ったか疑問を感じる。

  10代というかけがえのない 時期に 自分の美しい身体を映像に残してなぜけなされないといけないのか? 訳が分からない。

  露出度の高い水着を着ている U-15アイドルについて 勇者国民どもは 親を逮捕しろ 親は死ね  とか抜かす。  
 あんたらが18歳未満の身体をキモイと思うからという理由で 出演させている 親も死ねといわれる 筋合いはないのだが

  U-15モデルは自己の意思に反してモデルの仕事を強制されているのか!?もしそうだとしたら、その点は確かに問題である。 稽古事であれ、モデルの仕事mo  しかし、ほとんどのモデルさんは自己の意思で仕事をしているはずである。そうでなければ、モデルという仕事が勤まるはずがない。
 勇者国民どもの主張を発展させていけば、 水着モデルだけではなく一般の子役も、親が子供を“搾取”しているから規制すべきだということになる はずである。 親が子供のギャラを“搾取”できないよう、子供が一定年齢以上になるまで原則としてギャラを強制的に預金させるような制度を作ったとしても、勇者国民達の主張は変わらないに違いない。  そしておそらく、勇者国民どもは、スポーツ等の分野で子供を特訓するような親に対しては、その親がたとえ子供の意思を無視していても、これほどの批判はなさらないはずである。 子供がエリート選手になって高額な優勝賞金を獲得し、親がその金で家を買っても、勇者国民どもは親が子供を“搾取”しているなどとは批判しないだろう。 勇者国民達の真意は、“搾取”ではなく
“性の商品化”を批判することだけ であるだろう。 そうでなければ、U-15の水着姿だけをことさらに批判する理由はない。
 “性の商品化”を批判することは簡単だけど、これを規制しようとすれば、結局はあらゆる自由を規制しなければならなくなる。  少なくとも
少女が役者や歌手、スポーツ選手、モデルなどとして活動することは、全面的に禁止するしかなくなることは間違いない。ヌードでも水着でもないごく普通の服装の少女や女性の、ドラマや映画、スポーツなどの一場面に性的興奮を覚える男性は決して少なくはないが、そういう性的興奮を社会から排除しようとすれば、衣類の広告に少女モデルを使うことさえできなくなるだろう。 また、バレエやフィギュアスケートなどは、それ自体に明らかな性的アピールの要素が含まれているから、そういった活動に従事している少女の姿を公表することも難しくなる。自由の規制は最後には、少女を守るどころか少女が何もできない社会を生み出し,少女と関わった大人は処罰され、少女は処罰されなくても いやらしいというレッテルを貼られて 白い目で見られるだけの結果しか生み出さない。
 
 スポーツであれ、親が子供に自分の趣味を強制することは搾取以前に虐待であることは間違いない。  その他にも不登校している我が子を殴るなどの行為もれっきとした 虐待である。 また不登校している子供を地域で白い目で見るという行為も殴る蹴るなどはなくても精神的な虐めである。
冷静に考えれば、何が“性の商品化”にあたるかは非常に主観的な問題といえる。どんなものに性的興奮を感じるかは、人それぞれだからだ。 
 動物に性的興奮を覚える人もいれば、自動車に性的興奮を覚える人までいる。 

それにもかかわらず“性の商品化”を阻止しようとすれば、結局は少女のあらゆる活動を規制し、少女を男性の目に触れないように隔離するしかなくなるだろう。いったんそういう状況になれば、少女だけではなく、男性の性的な対象になりえる年齢の女性は自由に外出させずに家に閉じ込めておいたほうが本人達のためにもいいというイスラム諸国のような社会になりかねない。 表現の自由も、社会全体を守るためと称して、中国や北朝鮮のように否定されることになるだろう。

  地球上のどんな抑圧も、もともとはなんらかの正義を実現するための手段が暴走したものである。ハンセン病患者の強制隔離も、本来は伝染病から国民全体を守るためのものだったのが、その正義が暴走して苦しみを患者に与えた。 子供を守るのは確かに正義である。 しかしその正義を実現するためには何をやってもいいという発想は、大変危険だ。
   決して児童とはいえない14歳という年齢の少女の水着姿を規制することで守ろうとするものは、いったい何だろうか。 強制されていない限り、その種の芸能活動には何の問題もない。 自称正義を唱える勇者国民達は、日本を中国や北朝鮮のような社会にしたいのであろうか?  

 14歳なら水着どころか、本来なら自己の意思によるヌードさえ規制すべきではない。 水着やヌードによる自己表現がどのような意味を持つか、年齢に応じて本人なりに考えれば、モデル活動は成長にとって決して有害にはならないはずだ。 それとも中国や北朝鮮やイスラム諸国のように、自由などない代わりに規律がある社会のほうが素晴らしいのだろうか。 女性の肌を異性に見られないようにするためにベールで全身を覆うイスラム諸国のような社会が日本よりもいいとは、僕には全く思えない。


  だから 安易な 性犯罪に該当する項目の拡大は少女を守るためでなく 人を 性犯罪者、もしくは ロリコンのレッテルを貼って 社会的に抹殺する効果しか生み出さない。
  児童ポルノというレッテルは便利だね。  叩きやすい印象だから。
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